天才について | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

人類は凡人が集まって文明をつくったのではない。突如、凄い能力を持った人間が現れて文明を発達させたのです。これが事実です。そのような人達を天才と言うのです。

 しかし、天才というのは、簡単に理解されるとは限らないのです。だから、10年先の人々の事を考えて物を作れば結構評価されるのです。明日の事を考えて成果が出ればもっと評価されるのです。ところが、100年先、200年先、或いは千年先に視野を置いて、考えている人は評価されないのです。あんまり先の事が分った人は、なかなか評価されません。それだけ大衆との間に乖離(かいり)があるのです。今の時代の概念とは全然違った思想なので、とてもではないけれども理解されないのです。

 そのような意味で僕は天才ではないかと思っています。なかなか僕の言っていることは理解されません。まるっきり理解されていません。僕の子供ですら理解できていません。結構ブログを読んでいても分からないのです。だから、僕のブログを読んでいてくれる人が分るのかというと、分かっていないのではないかと思います。

 それはなぜかと言うと、問題意識がないからです。「100年先の人類がどのようなものを目的にして進んだらよいのか?」ということは分からないのです。凡人は、今日の事、或いは今の事しか分からないのです。今の事しか分からなければ、最たる凡人です。目先の事しか分からないのです。これは、ほとんど動物に近いのです。動物は目の前に見える物によってしか行動しません。動物が100年先の行動などするはずがありません。

 明日の事が考えられる人よりも、今の瞬間しか考えられない人間の方が凡人だと分かるのです。凡人になればなるほど今の事しか分かりません。明日の事も分かりません。まして、10年先、100年先のことなど分かるはずがありません。

 天才とは、どこから物を考えているのかというと、何百年先から物を考えているのです。何百年先の事を考えているのですから、現代の凡人が分るはずがないのです。まるっきり分からないと言ってもよいのです。

 アインシュタイン、ニコラ・テスラにしても、考えていることは分からないのです。ニコラ・テスラは凄い人で、宇宙エネルギーを使って電線の無い網の目のようなシステムを造り、地球上に住む人間の電気がタダになるように考えたのです。それをエジソンが潰したのです。途中まで造ったのですが、ぶっ壊されてしまったのです。そのような凄い発想です。天才のスケールが違います。

 アインシュタインもそうです。今まで人類が考えていた時間というもの、空間というものが全て変わってしまったのです。時間というものは、変わらないのだと考えられていました。空間も変わらないと考えられていたのですが、アインシュタインは全てひっくり返してしまったのです。「時は縮む、空間も縮む」のです。

 宇宙は時があり、空間が広がっている世界ではなくて、時間がゆがんだり、空間がゆがんだりしているのです。こんな概念を人間はまず思い浮かびません。まだ、アインシュタインのタイムトラベルは実現していませんが、「出来る」と言っているのです。必ず人類は未来・過去へも瞬間移動ができると言います。

 光の速度は、1秒間に地球を7周り半するのです。凄い速さです。その光の速度でも一つの星雲に到達するのには、何百万光年もかかるのです。何百光年も光の速度で走って到達できるような世界です。

 人間は光の速度のロケットなどできないのですから、造るロケットはたかが知れています。そんなもので宇宙に行ったら莫大な時間がかかります。アインシュタインのタイムマシンはまだ実現していませんが「実現できる」と言われているのです。

 そのような天才が現れてグッグッグッと人類を押し上げているのです。ところが、人間の歴史の中には天才が現れる時があり、だいたい今から2500年くらいに一斉に天才の華が開くのです。

 インドではお釈迦様、ギリシャではソクラテス、ちょっと遅れてキリスト、ちょっと前にはモーゼがいます。これらの人は天才です。天才はアインシュタインのような物理学の天才だけではありません。新しい概念をつくる人を天才というのです。これは物理学だけに限りません。音楽もそうです。モーツアルトがこの世界に凄い音楽をつくりました。彼は天才です。天才でなければできない音楽です。

 文学の世界でも同じです。「なぜ、こんな凄い文学ができるのか? これは天才だ!」という人がいます。三島由紀夫は「夜中の12時になると声が聞こえてくる」と言っていたのです。三島由紀夫は、夜中の12時にならないと机の前に座らないのです。

 ピタリと夜中の12時に机の前に座っていると、どこからともなく声が聞こえて書きたい事がスラスラ出てくるのです。三島由紀夫は天才です。では、三島由紀夫が物理学を勉強したのかというと勉強していません。彼は物理学の天才ではありません。文学の天才です。

 僕は「自分の事を天才ではないか」と思うのは、宗教的な概念、「人類の問題は宗教問題である」と見抜いたことです。これは天才的見地です。これは誰も言っていません。比較思想論など、そのような考え方はありますが、宗教が一番大事なのです。

 では、「宗教の本質とはどのようなものか」ということを僕が明らかにしたのです。神の本質・仏の本質を理解させました。そして、「仏教とはどのようなものであるのか」ということを理解しました。これは完璧に理解しました。それと同時に神の正体も明らかにしました。日本の神の正体を明らかにしました。そして、仏の世界・神の世界・五次元の世界と、その関係性について明らかにしました。

 僕は、一つの天才だと思うのです。まず、人はこんな事に興味をもっていないし、いくら僕がそれを説いても、もともと考えていないのですから、何がなんだかさっぱりわからないのです。いくら説いてあげても「何のこっちゃい」です。

 しかし、どこかで分かってくるのです。結構時間がかかるでしょう。僕が明らかにしている事は、数百年では分からないかもしれません。今キリスト教に凝り固まっている奴、イスラム教に凝り固まっている奴、仏教のクソ坊主をやっている奴ら、みな凝り固まっているのです。人類に共通した宗教としての考え方などなく、それにより人類は争いをしているのです。お互いに「聖戦」と言い、「十字軍」と言い、殺し合って自分達の宗教を押し通そうとしているのです。

 それが如何にナンセンスでくだらないかということを明らかにしているのは、僕だけなのです。これは、神からの命令でなければできない事です。その神からの命令によって仕事をする人のことを天才というならば、あえて僕は自分の事を天才だと思っています。

 人は認めないだろうけれども、自分で思っているのです。それを僕の仕事にしているのです。人類の闇を晴らして、未来を明るくして、皆が幸せになっていく方法を明らかにしているのです。早くみなさんも目を覚ましてくださいね。



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朝堂院大覚 剣道と神道 2014 ・6・5


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