〜番外編・妻との出会い⑪〜

 

 

※本日の記事は、番外編①〜⑩の続きですので、

まだ読まれていない方は、

ぜひ先に、2-8(←リンク・番外編①) からご覧ください。

 

 



まずは、

昨日の記事 (2-18←リンク) を、

少しだけ整理致します。

 

 

僕が、 

又左エ門和英さんと、

(またざえもんかずひで) 

男同士でお話した目的は 2つありました。

 

 

一つは、

僕を 十分に

ご理解頂きたいということです。

 

 

又左エ門和英さんからの ご質問全てに、

僕がお答えしたうえで、

婿入りを ご判断して頂きたいと考えたのです

 

 

端的に言うならば、後になってから、

俺は結婚を認めたつもりはない

などと言われてしまっては困るということです。

 

 

もう一つの目的は、

将来的に、僕達夫婦に子どもが生まれたとして、

僕は両親に子どもを会わせて、親孝行がしたい 

ということをお伝えすることでした。

 

 

これはつまり、

”一般的な 外孫(そとまご)と祖父母の関係” だけは

守って頂きたいというもので、極めて常識的な内容と言えます。

 

 

結婚にあたり、

僕から中埜家に要求した事項は一切無く

上記の ”親孝行” だけが "ただ一つの願い"でした。

 

 

 

僕は、名古屋で、

又左エ門和英さんとお会いしてから、

香港の自宅へ戻りました。

 

 

そして、

聖子さんに、

 

 

お父様と2人だけで、

大事なお話をしたこと。

 

 

そして、このお話を踏まえたうえで、

僕達の結婚を認めて下さるのかどうか、

お返事を頂くことになっている。

 

 

ことを伝えました。

 

 

そして、

 

 

程なくして…

 

 

聖子さんから僕に、

 

 

 

又左エ門和英さんが、

僕達の結婚を認めて下さった。

 

 

 

との連絡がありました。

 

 

僕は、これを聞いた時に、

両親の顔が浮かびました。

 

 

両親は、

沢山の愛情を注いで、

僕を、育ててくれました。

 

 

 

これで、ようやく、

両親に、

婿入りの意思が伝えられるぞニコニコ

 

 

 

僕は、日本を飛び出して香港に移住したうえ、

今度は婿入りするかもしれないと言い始めたので、

両親に対して、少なからず引け目を感じていました。

 

 

だから、せめて、

孫の顔を見せて親孝行がしたい

という考えが強く、

 

 

婿に入るからといって、

”一般的な、外孫と祖父母の関係”

だけは守っていただきたいということは、

結婚の大前提でした。

 

 

だからこそ、結婚前に、

わざわざ名古屋へ渡航し、

多くの手間を掛けてでも、

 

 

中埜家のご当主である

又左エ門和英さんに

お話をしたのでした。

 

 

そして、

 

 

これを踏まえたうえで、

又左エ門和英さんは、

結婚を承認されました。

 

 

これは、

 

 

わざわざ口にして言うのも

馬鹿らしいほどですが、

 

 

男と男の約束 あり、

絶対に超えてはならない一線であり、

何があろうとも必ず守られるべきもの

であったはずです。

 

 

 

それが…

 

 

 

息子の、

生後わずか4日目に

あっけなく破られるなんて、

一体、誰が想像できたでしょうか?

 

 

 

この後しばらくしてから

お伝えすることになりますが…

 

 

 

しかも、

蓋を開けてみれば…

 

 

又左エ門和英氏ご夫妻は、

孫を自身らの養子にしたいがために、

 

 

僕を騙してまで、

養子縁組書類にサインをさせていたことが、

発覚したのでした。

 

 

 

たまたま証拠によって発覚したから、

こうしてお伝えできているものの、

 

 

実際には何重にも隠蔽工作が張り巡らされていたので、

事実は闇に葬られていた可能性が高いでしょう。



 

この辺りのお話は、

証拠とともに、

後ほど じっくりとお伝えしたいと思います。

 

 

なお、上記のお話は、

既に「このブログの目的 編(←リンク)

でお話してきた、

 

 

ミツカンが顧問弁護士と一緒に練っていた

追い出しのシナリオとは別のことです。

 

 

僕が、

初めてお話する内容です。

 

 

 

写真:

愛する息子と 笑顔で 過ごした日々。

時とともに この記憶が薄れていくのは、

とても苦しいです…