「やっぱり忘れ物あったか...」
智くんのアイコンで「雅紀がスマホの充電器一式忘れてきたよー!翔ちゃん本当にごめんだけど店の2階の俺の部屋のベッドの上にあると思うから持ってきてー!本当にごめんっっっ!」て、声が聞こえそうなメッセージと、土下座するクマのスタンプが送られてきた。
「智くん、こんなスタンプ持ってたっけ?」
雅紀のために買ったりはしないだろうけど、智くんが使わずに埋もれてるスタンプとかありそうだし、そういうの探すのも雅紀は得意そうだもんなと思いながら、昨日から準備しておいたボストンバッグを持って一人暮らしのアパートを出た。
大学は今日でゼミも休みになった。今年も夏は実家に帰って、智くんの海の家でバイトって決めてたから、こっちでやってる塾の臨時講師のバイトは2ヶ月休みにしてもらってる。
担当してるのは中学生だけど、女子は男子よりませてんのかな?
休むって言ったら彼女さんとどっか行くんですかー?とかめちゃくちゃ聞かれて。違うって言ったけど信じたかどうかは微妙だ。あの年頃の女子の扱い方、誰か知ってたら教えてほしいよ。
それこそ雅紀なんかはきっと友達みたいに話せるんだろうななんて思った。
アパートから徒歩5分のところにある雅紀の実家の相葉亭。
雅紀は小さい頃は俺たちの地元のじいちゃんとばあちゃんのところに預けられてて、親父さんたちがお店を構えた時にこっちに戻ってった。
俺や智くん、潤にとっては今でも大事な幼なじみだ。
だって、毎年夏休みにはじいちゃんたちの家にずっと来てたし、正月や春休みだって来ることも多かった。
雅紀が高校生になってからは電車に乗って週末に来たりしてたから、ずっと一緒に育ってきたようなもんだって思ってる。
「こんにちはー」
赤地に白抜きの相葉亭の暖簾をくぐって店に入る。
今日も常連さんで混んでるけど、おじさんもおばさんも俺の顔を見るとにこっと笑ってくれる。
その顔が雅紀にそっくりで、いつもなんかホッとするんだ。
「翔ちゃんどうしたの?何?また雅紀がなんかした?」
「さすがおばさん。スマホの充電器忘れたらしくって、取ってきてくれって」
「あー。ごめんねー、いっつも。部屋にあると思うから見てきてやってくれる?」
「はい。お邪魔します」
おじさんはもうフライパンの方を向いてたから、おばさんに事情を話すとすぐにわかってくれて。
厨房の奥の階段を靴を脱いでのぼる。
上がって左が雅紀の部屋。
あいつが言ってた通り、ベッドの上に落ちてる充電器セットを自分のボストンバッグに入れて店に降りた。
「ニノくん、これ3番テーブルね」
「はーい」
おばさんがカウンターに乗せたチャーハンとスープをサッと運んでいく男の子。
色白で高校生くらいなのかな?その割には他のテーブルからかかる声にもしっかり対応してて、バイト慣れしてる感じがする。
「5番テーブル餃子1人前追加です」
「あいよっ」
おじさんも嬉しそうだ。
いつものおばさんが来れなくなって、大変そうだったけど、これなら雅紀も安心だろうなって思った。
「翔ちゃんあった?」
「はい。おばさん、あのバイト君、高校生?」
「ううん。大学1年生なのよ。可愛いでしょ?確か翔ちゃんと同じ大学よ」
そう言われてもう一度見ると、うん、確かにしっかりしてるし、大学生っちゃ大学生にも見えるかなって感じ。
「ニノくん。こちら翔ちゃん。息子の友達でニノくんの大学の先輩よ」
ちょうどカウンターに戻ってきたニノくんにペコッと頭を下げると、お盆を置いて綺麗なお辞儀をしてくれた。
「そうなんですか。大学で会ったらよろしくお願いします」
そう言って笑った顔がびっくりするくらい幼くて、可愛かった。
智くんのとこに着いたら雅紀に話してやろうと思って写真を撮ろうかと思ったけど、忙しい時間帯だったからまたねっておじさんたちにも挨拶して、店を後にした。