大学のある街の駅前通りから1本裏の通りにある相葉亭。
ガタイが良くて人も良さそうなおじさんと、明るくて美人のおばさんがいつも仲良く働いてる。
おじさんおばさんって呼んでるけど、ふたりともとても20歳超えてる子どもがいるなんて思えないくらい若く見えるんだ。
おじさん達には息子が2人いるんだけど、1人は寮のある高校に通ってて、1人は都内の大学を来年卒業なんだけど、毎年夏は海の家の住み込みバイトに行ってるらしい。
昔住んでた海沿いの街の、幼なじみの所に行ってるのよっておばさんが言ってた。
なんでそんなに色々聞いてるのかって言うと、いつも一緒に相葉亭に行くツレが並外れて人懐っこい話好きだから。
マルは京都出身で柔らかい京都弁を話すから、誰とでもすぐに仲良くなる。いや、それだけじゃないのは分かってるけど、やっぱり最初の言葉の柔らかさって大事だと思う。
俺も入学式のガイダンスで隣に座ったマルに、自分、どこの学部なん?って話しかけられたのがきっかけで話すようになって。その1週間後、遊び中心のサークルの先輩からしつこい勧誘に困ってたのを助けて貰って以来、ずっと仲良くしてる。そういう時も角の立たない物言いで、やんわりとでもはっきりと断ってくれて。本当に良い奴と友だちになれたなーと思ってる。
学部は違っても2年生までの生徒の取る講義なんてみんな似たり寄ったりで、それ以来ほとんどマルと一緒に過ごしてる。
そのマルがたまたま入ったら美味しかったんやーって僕を連れて行ってくれたのが相葉亭だった。
「こんにちはー。今日からよろしくお願いします」
準備中の札のかかる引き戸をカラカラと開けて、カウンターの中のおじさんとおばさんにペコっと頭を下げながら挨拶した。
あら、早いのねーなんて言いながらカウンターから出てきたおばさんと、カウンターの中から今日からよろしくなって言うおじさん。
「今、仕込み中だから詳しいことは嫁さんに聞いてな。難しいことないから」
そう言って鍋に向き合ったおじさんの顔は真剣で、職人って感じがした。
おばさんからテーブルの番号や下げた食器の置き場所や消毒用アルコールなんかの備品の位置や在庫の場所なんかを教わる。
お店の接客については常連さんだから大体わかるし、おばさんもさらっと説明して終わった。
レジはおばさんがやるからってことで伝票の書き方を教えて貰った。その後はお店の掃除やテーブルの上のナプキンや餃子のタレなんかを補充してるうちに夕方の営業が始める時間になった。
「ニノー。来たでー」
最初に来たお客さんはマル。
ヒナは下宿がこの辺りだからしょっちゅう相葉亭に来てるけど、今日は僕の初バイトだからって絶対行くからなって何日も前から言ってたんだ。
「エプロン似合うなぁ。やっぱり俺の嫁さんにならへん?」
「あのねぇ、それ、知らない人が聞いたら誤解されるからね」
「いや、俺女の子も男の子も可愛ええ子なら守備範囲やし。ニノなら本当に嫁さんにしたいんやけどなぁ」
「お断りします」
「つれないー」
「はいはい」
いつもみたいに冗談ばっかのマル。
だけど、本当はちょっと緊張してたからありがたかったんだ。マルには言わないけどね。