「おお、早かったな。入れ入れ」
ピンポーンってインターホンが鳴ったか鳴らないかくらいの早さで、松にいがマンションのドアを開けてくれる。
ドアの前で待ってたのか?ってくらいの スピードに正直ビビって。
したら、ちょうどトイレに行こうと廊下に出たところだったらしくて、俺達を玄関に入れると鍵かけといてなって言ってトイレに入ってった。
かずと俺は作業台にもなるダイニングテーブルの横にカバンを置いて、とりあえずいつも通りコーヒーの準備をする。
三人分のマグカップにコーヒーを注いでテーブルにコトっと置くくらいのタイミングで松にいが廊下から戻ってきて、そのまま仕事部屋に入ってった。
すぐに大きめの封筒を持って出てきて「コレな」ってかずに封筒を渡すと、いつもの位置に座ってマグカップを手に持った。
何これって顔してるかずに「いいから開けてみろ」って言ってニコニコしてる。
あんなに愉しそうなの珍しい。
いつも、ちょっと難しい顔してるのが松にいで、だけど本当はすごく優しい松にいに、いつも助けられてる俺とかず。
聞きたいこととかいっぱいあったけど、とりあえずかずが封筒の中身を出すのを待った。
出てきたのは、さっきホームページで見た雑誌。
表紙には絵本大賞発表の文字。
ペラっと表紙をめくると巻頭特集が絵本大賞で、すぐにかずと俺のMUSICが載っていた。
かずはそのページをじっと見つめると、指でそっと絵本の画像をなぞって、それから俺とかずの名前をなぞっていく。
そんなかずを松にいはめちゃくちゃ優しい顔で見てて、雑誌から視線を上げたかずと見つめあうと「良かったな」って、かずの髪を撫でた。
「松にい....ありがとう」
小さいけれどハッキリと聞こえた声は、もうさっきまでのかずの声とは違った。
礼なんて言わなくて良いって言ってる松にいに、俺お礼言ってないって気づいて、慌てて言ったら「バーカ、お前も礼なんて言わなくて良いって言っただろ」って言いながら小突かれた。
それから松にいは、その雑誌の絵本大賞の事を話してくれて、大賞を取った作品は売れんだぞって笑う。
その分ハードル上がるけどなって続いたから、やっぱ松にいは甘くないって思う。
かずのことをたぶんよく分かってる松にいは、かずの書く文章を良いって言ってくれる。
このまま行けよって、MUSIC書いてた時にも言ってた。
賞を取って浮かれたり、売れようと思ったりして潰れてくやつが多いんだって、絵本大賞に応募する時に言ってたのを思い出す。
MUSICが本になった頃から、かずは絵本作家になりたいって言ってて。
それは、今となっては俺の夢でもある。
かずと作った『MUSIC』は俺にとっても特別で、今まで一人で描いてきた絵とは全然違ってた。
かずの心の中の世界に触れるような。
そこに一緒に立っているような。
そんな気持ちになれたんだ。
だから、俺もかずと絵本を作って生きていきたいと思った。
もちろんほかの絵も描くけど、かずの書いたお話には俺が絵を描く。
それは誰にも譲れないし、譲りたくないって思ってる。
松にいはそんな俺たちを見守りながら、応援してくれて。
だから、絵本大賞に応募することも松にいからの提案だった。
「そういや、お前、本持ってきたか?」
突然言われて「うん」って答えながらカバンから取り出してテーブルに置く。
松にいは俺たちの『MUSIC』をパラパラと捲りながら、『MUSIC』を書いた時の気持ちや、本になった時の気持ちを忘れるなって言った。
かずは昔のかずの様に、キリッとした表情をしてて。
俺はその久しぶりに見る少し強い視線の横顔に見惚れていた。
次の絵本は、ちゃんと落ち着いてから準備しろよって言われて、二人してコクっと頷いた。
夕飯は友達と約束があるって言う松にいに、また明日来るってかずが言って、俺たちは松にいの部屋を出る。
外はまだ強い風が時々吹いてて、向かい風の中、自転車を必死に漕いだ。
どんな向かい風だってきっと明日に繋がってるんだ。
だからずっと一緒に行こう。
さっきのかずの強い視線を思い出してちょっと泣きそうになってた。