家に着くと、かずはハルの様子を確認して、よく眠ってるのを見ると安心したように少し笑った。
それからコーヒー淹れるって呟いてキッチンに入っていく。
いつもよりハッキリした口調が、耳に残る。
松にいの家で見せた、あの強い視線のせいなのかな。
どこかふわふわしていた足どりが、しっかりとしてるような気もする。
色々気になってかずの後ろ姿を見ていた。
コーヒーを手に振り返ると、そのままリビングに歩いていく。
いつもの場所で、俺がカバンから取り出した『MUSIC』を膝の上にのせてページをめくっていく。
何度も何度も繰り返し読んで。
かずの目がキラキラしてて、泣きそうなのに笑ってるようにも見えて。
そんなふうに分かりやすく表情が出ている事が、かずに何かが起こってるって教えてくれる。
じーっと絵本を見つめては、ページをめくっていくかず。
その目にはやっぱり感情が見えた。
久しぶりにそんなかずの目を見れたことが嬉しくて、嬉しすぎて少し胸が苦しくなるくらいだった。
五線
ぼくのせかいは五線紙のせかい。
音が
聴こえた
スティックを振れば音符がはずむ。
1歩。
ぽろん。
2歩。
ぽろんぽろん。
手をかざす。
しゃらららん。
ひびく
ぼくのせかい。
音。音楽。ミュージック。
はずみだす
ぼくのせかい。
ぼくのせかいは音楽のせかい。
ある日星空が浮かぶ海でキミを見つけた。
星がながれたら
音がひびいた。
手
つなぐから。
ぽろんぽろん。
ひとりなのにふたつの音。
歩く
あしもとから。
しゃらららん。しゃらららん。ぽろろろん。
ほらね
音が一緒に、おどりだす。
どれくらい経ったのか、ふっと窓の外を見るとノートパソコンを持ってきたかず。
一心不乱に文字を打ち込んで、時々無意識に首をコキっと鳴らしては、またカタカタとキーボードを鳴らしていた。
周りの音も、時間も感じてないみたいに、かずはのめり込むようにキーボードを叩き続けてた。
それは声にならない何かを書いているのか、それともかずの中から溢れ出る何かを書いているのか、俺にはわからないけど声をかけることもできなかった。
静かだけど激しいその姿は、俺がまだ見たことの無いかずの姿で、作家ってこうなのかと目を離すこともできなかった。
何時間過ぎたのか突然腹の音が鳴って、時計を見るととっくに夕飯の時間で。
冷蔵庫にあった冷ご飯をレンジでチンして、おにぎりを作った。
かずにおにぎり食おうって声をかけても反応しないから、肩をトントン叩いたけどダメで。
もう一回「食うぞ」って言ったけど全く反応しないから、口に無理やり突っ込んで何とか食べさせた。
その間もパソコンを叩く手は止まらなくて、薬も口に突っ込んで、その後水をどうにか飲ませた。
風呂も入るぞって言ったって当然反応しないから、明日の朝にでも入ろうって気持ち切り替えて、カタカタ鳴り続けるキーボードの音を聞いてた。
寝る時間になってもかずが寝る気配は無くて、もう色々諦めてただかずの横顔を見てた。
休みなく指を動かしながら、小さくほころぶ口元や、ぐっと眉間に寄るしわ。
小さいけどその変わっていく表情が、書いてる話を表してるようで、飽きることはなく見ていた。
カタカタと鳴るキーボードの音と時々フーッと吐く息の音だけが響いてた。
いつまで書くんだろうなって何度目かに思った時、ふと瞬きがゆっくりになって、ゆらっとかずの身体が揺れたと思ったら、隣に座ってた俺の膝にくたっと倒れてきた。
倒れたのかって慌てて顔を覗き込んだら、目を閉じてスヤスヤと眠ってた。
指はまだピクピクと動いてて、パソコンの電源も入ったままだった。
寝落ちしたんだなってホッとしたら、俺もめちゃくちゃ眠くなってきて、俺も身体に力が入ってたんだって気づく。
ソファーの上の毛布を引きずりおろして、二人で包まってそのまま眠った。