朝、ギリギリの時間に起きてきた相葉さんたちは甘い空気を纏ってて、その空気を纏ったままバタバタと出勤していった。
階段から降りてきた時から、かずの目線はずっと相葉さんを追いかけてて、出かけていく後ろ姿を見送った後も、寂しそうに玄関に立ってた。
それから、拗ねたような顔で口を尖らせたまま、朝ごはんの片付けをはじめたかず。
俺は手伝いたいと思ったけど先生の言葉を思い出して、キッチンの隅っこでかずのいつも座ってた小さい椅子に座ると、かずの動く姿をスケッチしてた。
俺が描いてることに気づいたかずは、ちょっと眉間にシワを寄せたけど「嫌か?」って聞いたらプイっと向こうを向いてしまった。
やっぱり嫌だったんかな?
でも怒っては無さそうだし。
なるべく嫌な思いはさせたくないしって考えて、ひとつだけ思いついたことをかずに言ってみる。
「かず、もしかして恥ずかしい?」
言った途端にぶわっと耳まで赤くなったかず。
そっか、恥ずかしいからちょっと嫌そうな顔したのかって心の中でメモする。
こんなふうに少しずつかずの気持ちを考えながら、色んな事口に出して話していこうと思った。
かずの病気はゆっくりしか治らない。
いつ治るかもわからないし、もしかしたら一生付き合っていかなきゃならないかもしれない。
今は話もほとんどしないし、暴れることもあるけど、だからって暗くなったり怖がっててもどうにもなんない。
だから、笑ってようって思った。
向かい風ばっかだけど、笑って進もうって思えた。
やっと、そんなふうに思えるようになった。
それは昨日相葉さんのお茶に薬を入れる櫻井さんを見たからかもしれない。
どんな事をしても相葉さんを守るって櫻井さんの覚悟が、俺の背中を押してくれた。
かずを守りたい。だけど自信が持てなくて、迷いまくってた俺に、守りたいものがあるなら覚悟を決めろってあの背中が教えてくれた。
たとえどんな結果になっても、どんな事が起きても守ってくって覚悟が必要だったんだって。
先生が言ってたようにかずの出来ることは見守って、何でも助けるんじゃなくて寄り添って、かずを守っていく。
揺れるかずの心を守るんだ。
楽しいことを沢山一緒にしたいし、嬉しそうに笑うかずを見たい。
無表情に見えるけど、時々その瞳が揺れてるから、きっとかずの中では色んな感情が渦巻いてるはずだから。
2人でリビングで寛いでる時のかずは、ゆったりとリラックスしてるように見える。
いつもの白猫を見る目も優しい。
庭の金木犀の香りで口元がゆるむし。
ココアを飲んで、一瞬ふわりと笑う。
ちょっとずつだけど、見えてくるかずの感情を大事にしてやりたい。
そんなこと考えながら、照れて赤くなった耳のままで食器を片付けるかずを見てた。
それからかずは、シェアハウスの掃除をして、みんなの洗濯も洗って干すと、リビングのラグの上にペタンと座った。
松にいが昨日置いていった俺たちの絵本が膝の上に乗ってる。
かずは表紙を指でなぞるように撫でて、ゆっくりとページをめくってた。