メキシコ人のギレルモ・デル・トロ監督作品『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)を観た時からずっと気になっていた、同監督の『パンズ・ラビリンス』(2006)を初めて観た。実はスペイン語の映画だったとは知らなかった。ハリウッドのプロデューサーからの「英語で制作するならば、2倍の予算を準備しよう」というオファーを蹴って、デル・トロ監督はスペイン語で本作を作ったとか。彼の決断は正しかった。『沈黙』 (2016)のように、もしもこの映画が英語だったら、あるいはハリウッド映画として結末をハッピーエンドにされていたら、全て台無しになっている所だ。スペイン市民戦争後、第二次世界大戦中のフランコ独裁政権下における内戦がテーマなので、スペイン特有の物悲しい旋律のテーマ曲で、登場人物たちはスペイン語で話さなければダメだ。ただし、ファンタジーだと聞いていたので、まさかこれほど迫力がある映画だとは予想外だったし、最初から最後まで恐るべき緊張感と吸引力。どちらかと言えば命がけの「戦争映画」である。ファンタジー部分は主人公の少女の妄想という解釈が成り立つので、現実との間に破綻もない。傑作だと思う。あらすじは…

 

 舞台は1944年ファシスト党が牛耳るスペイン。おとぎ話に夢中な少女オフェリアは身重の母カルメンと共に前線に居るスペイン陸軍司令官の継父ヴィダル(セルジ・ロペス)の元に呼び寄せられる。ある夜、オフェリアは妖精に出会い、迷宮の中央に居る年老いたファウヌス(ヤギの耳・角・脚を持つ牧神)の元に導かれる。ファウヌスはオフェリアが実はプリンセスの生まれ変わりであること、でも、その証として身の毛もよだつような恐ろしい「三つの試練」を経なければならないと告げる。もし失敗したら、以降真のプリンセスであることは証明できないし、本当の父親である王に再会することも叶わない、と。 果たして、オフェリアは全ての試練を完結することができるだろうか…

 

 日本にいた頃はラビリンスとか迷路とは「アトラクションとして一時的に作られるもの」という印象があった。しかし、イギリスに来てから、英国内やヨーロッパの街にある宮殿などには時々迷路があるので、ある種遺跡のように恒久的に存続するものである、と見方が変わった。ハンプトン・コートの迷路のように樹木で作られたものは手入れも必要だ。ラビリンスと迷路は若干異なり、ケンブリッジ英英辞典によると迷路には「娯楽のため」という言葉が付け加えてある。更に、ラビリンスにはギリシャ神話のように怪物ミノタウルスが住むイメージがあるので、ファウヌスのようなモンスターが出てくるこの映画では「ラビリンス」なのだろう。パンズのパンとは牧神ファウヌスのことだとか。また、『シェイプ・オブ・ウォーター』でもそうだったが、主要登場人物の一人である家政婦メルセデス(マリベル・ベルドゥ)や母親カルメン(アリアドナ・ヒル)の扱いからも、デル・トロ監督は常に弱者の味方であることが分かる。悪役は徹底的に「悪」で同情の余地がないし。だからヴィダル司令官と彼に虐げられてきたメルセデスの最後の対決場面はある意味痛快。映画の冒頭と結末から子供向けではないことも明らか。忘れられない映画。