国を挙げてロックダウンの影響でロンドンの街は映画館が全て閉鎖中なのでミヒャエル・ハネケ監督の『ハッピー・エンド』(2017) をBBC iPlayerで観た。公開当時、日本の女子高生によるタリウムを使った母親殺人未遂事件をヒントにしていると聞き、『愛、アムール』のハネケ監督だということもあって気になっていた。しかし、それにしてはIMDbの評価が6.7とあまり高くないのは何故?と不思議だったが、映画を観たら納得。さてそのあらすじは…

 

 資本家階級のロレント家の長であるジョージは80の齢を迎えて認知症になりつつある。移民が占拠する[ノルマンディー地方の]カレーにある彼の邸宅には2度目の結婚をした息子のトーマ、ワーカホリックで一族が営む建設業の後継となった娘のアンヌが同居している。温かみに欠け、結婚にも破局したアンヌは出来の悪い息子ピエールの過失による現場での大事故の対処に追われる。同時にトーマは前妻が服毒して緊急入院したため、赤ん坊の世話で精一杯の新妻のアナイスと共に、13歳になる前妻との娘エヴを引き取ることになる。ところが、エヴはとんでもない秘密を胸に秘めながら、ロレント家の運命を転がして行くのだった…

 

  最初にエヴが実験で「ハムスターに睡眠薬を飲ませて殺してみた」とSNSに投稿するあたりから既に題材としては衝撃的なのだが、評価が低いのは映画自体が全体的に分かりにくいからだと思う。説明的な表現を避けたのかも知れないけれど、初めてこの映画を観る観客に意味が分からないシーンが多すぎる。例えば、ジョージが移民青年たちと話しているのを離れた場所から映し続けるのだが、後で床屋さんに髪を切ってもらうシーンまでその内容が全く分からない。また、孫のピエールがピンク色の集合住宅を訪問して殴られる場面も遠景でドキュメンタリーのようにカメラを回し続けるだけで、前振りがないので何が起こっているのか分からない。更に、彼がカラオケで熱唱するシーンも歌詞に意味があるらしいけれど、歌を知らないと伝わらないし、唐突で今でもそのシーンに至る経緯がよく分からない。編集の際に切り過ぎたのかも。更にこの映画と若干繋がりがある『愛、アムール』を観ていなかったらジョージの語りも分かりにくい。最初から最後まで自分勝手な人たちばかりで冷たい雰囲気である上に救いがないのも如何なものか。俳優達の演技は素晴らしいのに、残念。

 

 ところで移民問題が起こるずっと前、イギリスに住み始めた頃にフェリーでドーバー海峡を渡ってカレーの街に行ったことがある。フェリーに乗る時間は案外短い割に到着した途端チップス(フライドポテト)は細くてサクサクしたフレンチフライに代わり、看板は英語表記もあるけれど主にフランス語になり、と異国気分が味わえて楽しかった。特に港の近くにある大型スーパーマーケットはイギリス人買出し用なのか、フランス食材やロンドンにはない様々な魚介類に溢れていてとても嬉しかった覚えがある。今のカレーはニュースを見る限り国境を守る塀やゲートが巡らされ、移民用臨時収容施設などが設置されて随分と雰囲気が変わってしまったようだ。映画の殺伐とした雰囲気に合わせてこの街が選ばれたのかも知れない。