BBC iPlayerでアスガー・ファルハディ監督による『セールスマン』(2016)を観た。イランのファルハディ監督は『彼女が消えた浜辺』(2009) にしても、『ある過去の行方』(2013)にしてもちょっとしたきっかけから崩壊していく人間関係を描くのが上手い。しかし、本作は違う。初めから、住んでいるアパートが崩壊すると言う、日本などでは到底考えられない目に遭って、主人公の劇団員夫妻が引越しを余儀無くされる。しかも、引越し先の最上階の部屋は問題だらけ。元の住民の荷物が残っていていつ迄経っても取りに来ない、と言う具合にイランの現況を映しだす。あらすじは...

 

 崩壊するアパートから避難したラナ(タラネ・アリドゥスティ)とエマッド(シャハブ・ホセイニ)はアーサー・ミラー作「セールスマンの死」の稽古をしながら引越し先を探す。同じ劇団員に紹介されて新しいアパートを借りたものの、前の住人が多くの客を取る、近所でも悪評高い女性だとは知らされていなかった。或る夜、ラナが一人で風呂に入っている最中に、前の住民の客がアパートを訪れた結果、二人の平穏な生活は根底からひっくり返されてしまう…

 

 予告編からも分かるように、イランでは女性の地位が低く、レイプされても警察に届け出ることをラナは躊躇する。この辺りは日本の状況とあまり変わらない感じがする。その結果エマッドが個人的に復讐を企て始めるところから、「Who Done it?」的サスペンス風味が強くなって、目が離せなくなるが、個人的には表立ったストーリーよりも背景としてイラン社会を映し出しているところにより惹かれる。劇中劇「セールスマンの死」を観たことがなくて、理解が深まらないからかもしれない。ところで、本作が2017年アカデミー賞の外国語映画賞を取った際、トランプ大統領によるアラブ系入国制限の影響で、イラン出身のファルハディ監督は表彰式に出られず、代わりにロンドンのトラファルガー広場に来て、映画を無料公開したとか。当時は憤慨したけれど、コロナ禍で他国に移動できなくなった現状からすると、遠い昔の話に思えてくる。 

 

予告編