懐風館高校の頭髪黒染め訴訟についてー校則と憲法13条・自己決定権 | なか2656のブログ

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(府立懐風館高校 ウィキペディアより)

1.府立懐風館高校における頭髪に関する訴訟が提起される
頭髪に関する校則に基づく生徒指導について、毎日新聞に10月27日につぎのような記事が掲載されていました。

頭髪が生まれつき茶色いのに、学校から黒く染めるよう強要され精神的苦痛を受けたとして、大阪府羽曳野市の府立懐風館(かいふうかん)高校3年の女子生徒(18)が約220万円の損害賠償を府に求める訴えを大阪地裁に起こした。(略)生徒は昨年9月から不登校になっており、「指導の名の下に行われたいじめだ」と訴えている。

学校側は生徒の入学後、1、2週間ごとに黒染めを指導し、2年の2学期からは4日ごとに指導。度重なる染色で生徒の頭皮はかぶれ、髪はぼろぼろになった。教諭から「母子家庭だから茶髪にしているのか」と中傷されたり、指導の際に過呼吸で倒れ、救急車で運ばれたりしたこともあった。文化祭や修学旅行には茶髪を理由に参加させてもらえなかった。

・損害賠償:「髪染め強要で不登校」高3、大阪府を提訴|毎日新聞

この異常なアカハラとも思える生徒指導は校則に基づくものなのか調べてみると、つぎのようなサイトがありました。

校則
頭髪検査や服装チェックなど、常識の範囲内だと思う。ただ、頭髪検査に関しては、少しでも茶色なら、診断書があったり地毛でも黒染めしないといけない。 遅刻に関してもは遅刻撲滅週間という面倒な期間があるのでなるべくしないようにしましょう。

・「面白くて厳しい良い先生が多い学校です」「懐風館高等学校口コミ」|みんなの高校情報大阪

そのため、この女子生徒に対する髪染めの生徒指導は、やはり同高校の校則に基づくものであるようです。とはいえ、校則に根拠規定があったとしても、4日ごとに黒く染めるよう指導し、その結果、生徒の頭皮がかぶれ、髪がぼろぼろになるような疾病の状態を強要したり、あるいは文化祭や修学旅行に参加させない等の重大な不利益処分が学校の生徒指導として許容されるのでしょうか?

2.頭髪の丸刈りを定めた校則に関する裁判例
本訴訟において参考になりそうな公立中学校の男子生徒の丸刈りを定めた校則について、生徒が憲法14条(平等原則)、21条(表現の自由)などに違反するとして争った裁判例(熊本地裁昭和60年11月13日判決)は、

まず校則について、
「校長は、教育の実現のため、生徒を規律する校則を定める包括的な権能の有するが、教育は人格の完成をめざす(教育基本法1条)ものであるから、右校則のなかには、教科の学習に関するものだけでなく、生徒の服装等いわゆる生徒のしつけに関するものも含まれる。」(そして)「教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り、右校則は違法とならないというべきである。」

とします。

そのうえで、判決は、
「丸刈りが、現代において最も中学生にふさわしい髪形であるという社会的合意があるとはいえず、(略)丸刈りにしたからといって清潔が保てるわけではなく、髪形に関する規制を一切しないこととすると当然に被告の主張する本件校則を制定する目的となった種々の弊害が生じると言いうる合理的な根拠は乏しく、又、頭髪を規制することによって直ちに生徒の非行が防止されると断言することもできない。」

と、校則の当該規定に合理的な疑いがあることを認めています。

しかし本判決は、
「本件校則は、それに従わない場合の措置について、何らの定めもなく、かつ、その運用にあたっても、あくまでも指導に応じない場合には訓告の措置を執ることとしており、バリカン等による強制的丸刈りや内申書への記載その他の不利益な取扱いを予定していないと認められ」るため、「本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできない」

として、結論として、生徒側の主張を退けています。

(なお、私立高校の校則でパーマの禁止に関するものとして最高裁平成8年7月18日判決(修徳高校パーマ事件)があります。)

3.学説
この丸刈り校則事件訴訟においては、元生徒の原告側は、憲法14条、21条などを主な争点としていましたが、学説においては、髪形の自由は憲法13条(幸福追求権)を根拠とする自己決定権のひとつとして憲法上保障されているとするのが一般的です。

つまり、「髪形や服装などの身じまいを通じて自己の個性を実現させ人格を形成する自由は、精神的に形成期にある青少年にとって成人と同じくらい重要な自由」であるから憲法13条で保障されていると解されています(芦部信喜「広義のプライバシー権(4)」『法学教室』133号)。

髪形の自由が憲法13条の保障するものであるとしても、それは無制約なものではなく、「公共の福祉」の制約を受けます(同条後段)。髪形の自由に対する校則などによる規制の合憲性を判断する基準については、いわゆる中間的な基準が該当し、「一定の規律の存在が予定される学校という社会においては、重要な教育目的があること、規制がそれと実質的な事実上の合理関連性があることの論証がなされる限り、髪形の規制はありうる」とされています(芦部・前掲133号、芦部信喜『憲法 第6版』126頁)。

そのうえで学説は、この丸刈り校則事件の判決について、「判決の説くとおり、校則に重要な教育目的を認めることは困難であり」、「一定の生徒指導上の規律の必要性を是認するとしても、少なくとも『髪形の選択の余地を完全に否定する』一律な丸刈り規制には、実質的な合理性(合理的関連性)を認めることはできない」と批判しています(芦部・前掲133号)。

4.府立懐風館高校の訴訟を考える
そこで府立懐風館高校の事件を考えると、問題となっている校則が、生まれつき茶髪の生徒にも黒髪に染めるよう規定していることから、これは茶髪の生徒に対して黒髪に染めることしか選択を許していない点から、やはり、パーマを禁止してそれ以外の選択の自由は認めている修徳高校パーマ事件でなく、丸刈りを選択するしかない丸刈り校則事件を検討すべきこととなります。

生まれつき茶髪の生徒に対しても当然、憲法13条に基づく自己決定権のひとつとして髪形の自由は認められます。そしてそれを規制する校則の判断基準として、上でみた、「重要な教育目的があること、規制がそれと実質的な事実上の合理関連性があるか」という違憲審査基準が該当します。

上でみたように、丸刈り校則判決は、丸刈りについて、重要な教育目的があるかどうか疑問を示しています。しかし、かりに重要な教育目的を認めるとしても、本件においては、その校則の運用として、生徒に4日ごとに髪を黒く染めることを指導し、頭皮が頭皮はかぶれ、髪はぼろぼろになった、という疾病の状態が発生しています。また生徒はその指導のため過呼吸で救急車で搬送されたこともあり、さらに、文化祭や修学旅行に参加を拒絶されるという重大な不利益が発生しています。

かりに頭髪に関する校則の目的が、「高校生の品位を保ち非行を防ぐ」という妥当な目的であったとしても、その校則の運用は、生徒の健康を害し、重大な不利益を発生させており、あきらかに校則の目的と実質的な事実上の合理的関連性があるとは言えず、生徒指導の限界を超えるものであり、違法なものであるといい得ると思われます。

上の丸刈り校則事件判決は、校則はあったものの、強制・強要的な運用がなされていなかったことに照らしても、懐風館高校の事件の違法性は強いといえます。

そのため生徒側の主張する不法行為による損害賠償請求(民法709条、715条、国家賠償法1条)が認容される可能性があるのではないかと思われます。

■関連するブログ記事
・黒髪校則とパターナリズム・制限されたパターナリスティックな制約

■参考文献
・芦部信喜「広義のプライバシー権(4)」『法学教室』133号
・芦部信喜『憲法 第6版』126頁
・中村睦男「丸刈り校則裁判」『教育判例百選 第3版』30頁
・青木宏治「私立高校生パーマ禁止違反処分事件」『教育判例百選 第3版』134頁
・加茂川幸夫『Q&A学校トラブルの対処術』122頁
・坂東司朗・羽成守『<新版>学校生活の法律相談』130頁

憲法 第六版



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