自民党憲法改正草案28条の公務員の労働基本権/堀越事件・猿払事件 | なか2656のブログ

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前回のブログ記事で、自民党の憲法改正草案について、2回にわけて書いてみました。

・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法前文~憲法24条まで)
・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法25条~憲法102条まで)

自民党の草案28条は、労働者の労働基本権(団結権・団体交渉権・団体行動権)などの条文ですが、その2項は、公務員の労働基本権を制限する内容となっています。この点を、最近の判例なども踏まえてもう少し考えてみました。

<自民党憲法改正草案>
勤労者の団結権等
第28条(勤労者の団結権等)

2 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。

草案28条2項は、公務員の労働法上の権利などの人権の制約の根拠を「全体の奉仕者」(現行憲法15条2項)としています。たしかに古い判例などはこのような考え方をとっていました。

しかし、全逓東京中郵事件判決(最高裁昭和41年10月26日判決)は、この考え方を放棄し、「国民全体の利益の保障」を根拠としました。そしてそれを受けて、学説上は、公務員の人権制約の根拠は、「憲法が公務員関係の存在と自律性を憲法秩序の構成要素として認めていること(15条、73条4号等)」に求めることが通説とされています(芦部信喜「憲法 第3版」104頁)。

草案第28条は、まず、「全体の奉仕者」の部分が時代錯誤です。また、公務員の労働基本権の制約を、学説の通説が憲法15条、73条4号等、憲法の全体的な構造に求めているところを、ひとつの条文のひとつの項の改正で行おうとしている点も、「先祖がえりであり」、大いに疑問です。

なお、公務員の労働基本権についてではなく、公務員の政治活動の分野については、猿払事件という極めて有名な判例があります(最高裁昭和49年11月6日)。

この事件は、北海道猿払村の郵便局の一般職の職員が、業務時間外に野党の選挙ポスターを掲示板に貼るなどしていたことが国家公務員法102条1項および人事院規則14-7に抵触するとして起訴されたものです。

最高裁は、「行政の中立的運営とそれに対する国民の信頼」を重視し、結論として、公務員の政治活動を全面一律に禁止刑事罰を科す国家公務員法および人事院規則を合憲として、被告人を有罪としました。

ところが、その判例から約40年後の平成24年12月に、それを事実上覆す画期的な最高裁判決である、堀越事件判決がだされました(最高裁平成24年12月7日判決)。この事件も、旧社会保険庁の年金審議官という非管理職の職位の方が業務時間外に野党の機関誌を配布した行為で起訴されたものです。

最高裁は、「行政の中立的運営とそれに対する国民の信頼」は重要であるとしつつも、「国民は表現の自由(憲法21条1項)としての政治活動の自由を保障されており、この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権」であるとし、公務員への政治活動の禁止は「必要やむを得ない範囲に」とどまるべきとしたうえで、うえの猿払事件とは異なり、国家公務員法および人事院規則で公務員の政治活動の規制・処罰が許されるのは、「公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為」に限られるという判断を示し、国側の上告を棄却し、被告人を無罪としました。

このように、裁判例も時を経て徐々に変遷をしています。昔のような、公務員国立大学の学生や、監獄のなかの囚人は、人権が無いのだといわんばかりの乱暴な「特別権力関係論」や、ヤクザの社会にはヤクザの掟があるのだからよそ者は口をだすなという「部分社会の法理」といった考え方は、やはりあまりにも時代遅れであるように思われます。

公務員であっても、一般の民間企業で働くサラリーマンやOLなどと同じように、国民のひとりである以上は、この最高裁判決や、学説の通説が述べるとおり、憲法の定める基本的人権の制約は、必要やむを得ない範囲にとどまるべきです。

このように、平成24年に、公務員の政治活動の論点に関して、約40年前の猿払事件判決を事実上覆すような堀越事件判決がだされました。当然、このインパクトは、今後、公務員の労働基本権の問題にもおよぶと思われます。

たとえば、学習院大学の青井美帆教授は、この堀越事件判決のインパクトを「激震」と評価したうえで、「本判決の思考が(個別具体的な事例のみを検討する「事例判決」ではなく、)抽象的・一般的に問題を捉えるものであったことを考えるなら、今後、公務員の争議行為禁止の問題も含め、司法審査のあり方全般が再検討の対象となってゆくであろう」と指摘されておられます。(「公務員の「政治的行為」と刑罰-猿払事件上告審」『憲法判例百選Ⅰ[第6版]』30頁)

つまり、これは想像ですが、今後、公務員の労働基本権の分野においても、裁判例として、行政の中立への国民の信頼は重要であるとしつつも、公務員も国民のひとりであることから、国民としての労働基本権は尊重されるべきであって、その労働者としての労働基本権の行使への規制は、”公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる場合に限られる”といったトーンの判断が、示されるのではないかと予想されます。

そのような意味でも、この自民党の草案28条2項は、いろいろと時代遅れな感じがします。
せっかく最高裁の判例がこの分野で「激震」と評価されるレベルでバージョンアップしていっているのに、自民党の憲法改正草案反動復古的に、時代に逆行してレベルダウンしてしまうというのは、ちぐはぐというか、自民党は一体誰のために政治や立法・行政を行なっているのか?という疑問になると思います。

仮にも自由、民主という大変立派な名称を看板に掲げる政党であるならば、政治家達の私利私欲や党利党略ではなく、国民・市民のための政治や立法をしてもらいたいものです。

憲法判例百選1 第6版 (別冊ジュリスト 217)



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