4月初頭エクセル系のお仕事がまいこみ、女性リーダーのもと夜な夜な作業したりした。

その方もお母さんしてて、夜にやる系っぽく、夜のクラブ活動みたくなっていた。


ちょうどその頃息子が胃腸炎で、週末を仕事ときどきゲーの世話にささげた。

その翌週末は娘が謎の熱で、最悪であった。

黄砂?しらんけど。

その翌週末は主人が寝込んだ。


なんとかGWを迎え、前半は帰省した。

車だと荷物おくらなくてよいのがよい。

ダラダラさせてもらった。

戻って後半は主人お友達家族とグランピング。

まず荷造りを一人でやることがイヤすぎて主人にキレた。

グランピングは初めてづくしだった。

バンガロー的なところに泊まったのだが、夕飯BBQのセットもってきてくれるしゴミも預かってくれるしサイコーだった。

焚き火や花火もできた。

おばさんにして初のマシュマロ焼きをした。

とはいえ、なんとなく両家族の母親が子の面倒見る場面が多く、めんどくせぇなと思った。

2日目は川遊びも食事もできるスーパー道の駅からの有名な滝へ。

久しぶりに車酔いした。わたくしが!

子らは帰省(片道6時間)もグランピング(往路3.5時間、復路5時間)も酔わずそこそこ静かにしてくれてエラいありがたい。

ちなみにわたくしはこの胃痛が長引くのであった。


お友達夫婦は令和子育て派かと思ってたら、普通に子の理不尽さに怒ってしまうこともあるらしく、安心した。

わたくしも常に怒ってる。怒っても解決しないけど怒ってる。

老人の怒りの正体は不安であると何かでみたが、まさにわたくしのもそれだと思う。


連休明け、しばししてからお仕事再開。

全社員むけの決起集会的な会議で配られた新しい組織図にスーパーアルバイターのわたくしものってた。

社員って目標とか評価とか大変そうだなとおもった。


子に「かわいいのルール」って本を与えた。

マナーや習慣からかわいいファッションとヘア、写真の決めポーズとか手紙の折り方など多岐に渡り網羅していて、すごい本である。


息子誕生日、息子小さなばれる嘘、息子友達にいやがらせされる、娘暴れ泣き、などで5月もおわり、6月。

息子胃腸炎(今年3回目)。

わたくしのグランピングからの長引く胃炎も再燃しそう。ピャ。



無事本番を迎えられた…

喉の調子もなんとか。

異常に緊張して、長い間心拍数高かった。


娘は一見メンタル弱そうなくせに、つよつよメンタルであった。

少しヤバげになっても崩れずに持ち直す。

とはいえ、やはり最後は練習量か。

イヤイヤしつつ娘なりにちゃんと毎日練習していた。


気まぐれにしか練習しないわたくしは、弾きたい曲を弾くというテーマのややゆるい部にでた。

ママと連弾する4歳の子が舞台にでるのを拒否するのを袖でみて、一人で舞台に上がって歩いて中央でおじぎして戻ってピアノの椅子に座るって大変なことだと改めて思った。

おばさんだからそれはできるものの、舞台の魔物が、本当にその音でいいの?みたいなことをささやいて邪魔するせいでいつも崩れてしまう。

緊張に勝ったかも!と思う瞬間もあったのに。

照れ笑いするという最悪のアレであった。恥。

おばさんの歌心は見せられた。


それが終わって数曲あって、今度は歌である。

緊張は最初はマシだったものの、どんどん増す。痺れる手足。吸いにくい息。倒れそう。

客席で息子の口を娘がふさいでバトルしてるのが見える。

歌は3年くらい練習してる思い入れある曲だから歌詞を忘れることはなかった。

倒れないか不安と子らの様子が気になり歌詞がどうのどころではなかった。

伴奏はなんとかあわせてくれたし、最後まで歌えたのでよかったことにするしかない。


もう一度生きなさい、という歌詞どおり、母でもアルバイターでもない「わたくし」を生きはじめることは、できたといえばできた。

が、子の態度を気にしたり子に風邪もらったり、自分以外の要素にはばまれるのはやむないっぽい。

それもわたくし。残念ながら。


そういえばビデオでみたわたくしの顔面がやばかった。バーチャン☆


実親と姉もきてくれて、とくに父はわたくしの歌を聞くのが初めてとかいっていた。

結婚式で聞いたはずだけど。

初めてなことは喜ぶべきことではなく、単に関わってこなかっただけだろと思った。

老人なせいか、他の子の演奏中にも声をだしており、いたたまれなかった。注意した。

実母はいつもの感じ。用もないのに翌日電話してきて、うるせい、と思った。


想像のなかではもっと上手いはずなのに…現実をみせられた本番。

もう一度めの人生がはじまった。

す地震と息子胃腸炎娘インフルの年始からはやいものでもう3月も後半である。

すっかりお仕事な日々であった。


新しいお仕事内容がバンバン与えられ、手の遅いわたくしは夕飯作成が遅れ、夕飯がずさん。

愛情とやる気は仕事と日常をまわすので使い切っている。


娘の10歳の誕生日があった。

自分がやってもらえなかったというネタミソネミはようやく薄れつつあるかもしれない。

パーティーもただの行事食で、お正月におせちをたべるといった感じ。

子がかわいくて仕方ないみたいなTwitterに温度差を感じる。


二月の勝者を無料期間に精読した。

親のドラマがwowだったし、相対的貧困もoh...

それを後年認識して、育児とか読み物とかで折にふれ思い出す各タイミングで小さく傷つくなどと思った。


母の誕生日に母姉を我が家に招いた。

そこそこ平和だった気もする。


新しいお仕事内容に、半ば勉強的なものがあり、古のYahooジオシティーズ時代の経験がいかされることとなった。

インターネット老人がシルバー人材として活躍するとは…。

当然ではあるが、老人ゆえ覚えが悪く、画面共有して実技演習してもらうときテンパリストである。

しかもすぐ忘れるから、教わったことをパワポにまとめる。スクショがないと覚えられない老人。

なお教えてくれる女性は同じ学年のバリバリエンジニアで、まぶしい。

ちなみにその方は、べつの仕事のリーダーの男性の奥さまらしくて。

ネットのおつきあいゆえ、ほとんどの人のプライベート全く知らないんだけど、たまに知らされるとギョッとする。ギョギョ。


で、もうすぐ娘のピアノ発表会。

なんとわたくしも便乗して、ピアノソロに加え歌でもぶっこむことになった。

なのに3月入って息子がインフル、からの直前になって花粉か風邪かとにかくわたくしの調子が悪くてピンチnow。

伴奏は大人1人でるのヤダから一緒にでて、と誘ってくれたピアノ生徒さんの母にお願した。

んだけど、やはり学生時代とか相棒のアレとは全然違くて、あの時恵まれていたことに気づいた。


なんだけど、この歳でもう一度ステージに上がれるのも超ラッキーである。またはめぐり合わせ、または運命!

歌詞通り、もう一度生きなさい、ができる。

もう一度生きたい!母でもアルバイターでもない音楽やってる自分を!


どうでもいいが、テレビの見逃しで、ナレーションも登場人物もない京成本線を、上野から成田空港までの車窓や過去の風景をまとめた番組をみた。

高校のせいか、楽しい系の懐かしさだった。

番組にでなかったので、船橋駅の京成からJRの朝の乗り換えのヤバい市場的な風景がもう一度みたい。

どうでもいいが、どこかの梅園で、野梅(やばい)をみた。