最近、TV-CMで「新幹線2012」というCFをよく見かけます。そうか、6月23日で 東北新幹線開業(大宮~盛岡間の先行開業)30周年だったか。。ということは、11月には上越新幹線も開業30周年になるし、ほかにも長野新幹線が1997年10月1日だったから、そちらもまもなく開業15周年。今年は「新幹線イヤー」です。
まてまて、地元の房総1周電化や総武快速誕生・総武複々線化もS47(1972)年7月15日だったから、まもなく開業40周年だっ!。
40年前のちょうど今頃、外房線では、盛んに試運転列車が走っていました。できたてほやほやの113’系11連と183系9連。
当時中学3年だった私は、教室の廊下から試運転列車の折返しをときどき眺めては、授業が身に入らない ソワソワした日々を送っていたことを思い出します。
今回は、そんな183系デビューのころの記録から。
初列車 八王子発安房鴨川行の6031Mには「記念装飾」がされた・・・などと知るのはあとで雑誌(鉄ピク)を見てから。何か記念のマークがつくらしいという話はあったと思いますが、どの列車かは庶民には事前にはわからなかったと思います。駅で聞けば教えてくれたかも。残念・・・
当時は、自分が鉄道好き などとということは、出来れば内緒にしておきたいと思っていたし、そんな個人的な理由で駅員をわずわせたくない・・と思っていました。
1972.7.2(日) 外房線では 6月29日から始まった183系の試運転。休日になるのを待って安房鴨川駅へ出かけてみました。数日前から見ていたので、大体の時刻は把握していたと思います。
安房鴨川2番線にしずしずと到着するのは183系第5編成(クハ183-9他)でした。
右1番線は13:33発の210Dそと房5号両国行 キハ26他 両国着16:14
大網のスイッチバック解消(新駅移転)は5月27日でしたので、急行は反転せずに、1号車が下り向きです。
乗務してきた運転士さんたちは、開業間近の祝賀ムードもあったのか 大変親切で、依頼したわけでもないのに、「写真を撮ってやるよ・・」ということになりました。試運転の写真を撮りにきた私のようなスキモノなど誰もおらず、珍しがられたのでしょう、カメラを渡したら数枚撮ってくれました。
地元に初の特急をお披露目したい、という気持ちもおありだったのでしょうか。なんと、このあと、車内見学してもいいよ・・・とか、運転席に案内されたり、運転席の窓から顔を出した私を写真に収めてくださったり、もうすっかり興奮してしまいました。
車内の座席に座って撮ってもらった写真や、運転席の窓から身を乗り出して手を振る私の写真・・・今では宝物のようになっています(掲載は控えますが・・)
こちらでも カメラを構えていたら運転士さんが顔を出して合図してくれました。
13:42頃 時間に余裕があるようでした。そして乗務員さんはじめ皆さんの心にも。。
右3番線は14:10発250D 千葉着16:49
1972.7.26 夏ダイヤは始まっています。安房鴨川6番線に転線してきたのは第3編成クハ183-6他
なぜか、ときどきこのように列車名が引っ込んだ位置に掲出されているクハを見かけました。初期のみの現象のようで、1~2年したらすっかり見かけなくなりました。初期は操作に不慣れがあったのでしょうか?
6035Mわかしお5号(東京12:03→14:22 安房鴨川)→折返し6034Mわかしお6号(安房鴨川17:07→19:19 東京)
千葉で101系三鷹行とならぶ「さざなみ」
1972.7.20 16:20 8013Mさざなみ52号 第8編成 クハ183-16
東京15:42→17:50館山着
これは夏ダイヤによる増発便で、この10分前(千葉発16:10)にも 5005Mさざなみ6号(東京15:30→17:25館山着)が下ったばかり。
S47年の夏だけだったと思いますが、臨時の6036M「わかしお8号」(安房鴨川18:51発→22:02八王子着)は、この和田浦に留置されていました。どこの電留線も目いっぱい使われていました。S47だけだったようだ、というのは、この「わかしお8号」は後には運転日が極端に少なくなってしまいます。
ここは、外房電化にあわせて整備された海側の側線で、有効長は10両あったと思います。南三原方は行き止まりになっていました。
夏ダイヤ終了後も、5021Mわかしお3号(東京9:00→11:03安房鴨川)→折返し5026Mわかしお3号(安房鴨川12:22→14:20東京)は毎日ここで折返しをしていましたし、50.3改正後の202M「外房1号」は 前夜からここに停泊していました。今ではこの側線は撤去されてしまいました。