めんどくさくなっちゃった。 | 凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

凪の時間 (滑膜肉腫と共に)

高校1年生の時に滑膜肉腫を発症した息子の記録です。
約6年の闘病生活。転移、所術は数知れず。
亡くなる瞬間まで生きることに全力を傾けた息子の生の姿です。
2023.11.19以降は、母の想いを綴る独り言日記に変わりそうです。

そろそろ潮時。

ブログやめようかなって考えている。

 

息子が亡くなってからめちゃくちゃ泣いたのは、火葬場で息子の肉体が炉に入れられる時だけ。

 

後はメソメソするけどウワッ~と泣けない。

 

我慢しているわけじゃない。

 

 

多分だけど、まだ現実が認められていない。

直視することを避けているんだと思う。

 

心を整理したくてブログを続けて来た。

 

でも横槍が入る。

 

例えば、「医師の余命宣告を無視したから後悔が残っている」と。

 

無視なんてできる訳が無い。

 

余命を教えてもらったんだから、その時間を家族で楽しく過ごせって?

 

聞きもしない余命を告げられて、余命のことを考えながらどうやって楽しい気分で過ごすと?

 

余命を告げられるような体は痛みとの闘い。

 

余命を告げられてからの痛みは、「死」を連想させる。

 

こういう人に限って、「自分は医療従事者」だと名乗る。

 

聞いてないし。

 

病院の受付の人も、お掃除のおじちゃんも「医療従事者」と名乗る。

 

自分や、自分の子どもが「余命宣告」されてみないと、こんなお花畑のような発想は無理なんだと理解できないんだうな。

 

また、前回のブログで、

 

私が

 

「延命措置なんてしないよね」

 

と呟くように言うと、息子が驚いたように私の顔を見て

 

「えっ?」

 

って言った。

 

私も驚いて

 

「えっ?」

 

って聞き返した。

 

多分だけど、このあたりの文章で、私が息子の気持ちを考えていない。

 

息子に寄り添っていないという思いになったのだと思うけど、あんなに繊細な神経を使う用紙を、訪問医が無言で差し出す訳が無い。

 

こちらが傷つかないように、いろいろ説明しながら渡してくれた。

 

先生に付き添ってきた病院の看護師さんも、口添えをしてくれてとても気を遣ってくれた。

 

でもその前から、私と息子の間ではそういう用紙もあるんだって、という話は済んでいた。

 

息子は死ぬ気は無いけど、もしも家でそうなった場合は、家で最後がいいからそのままでいいと言っていた。

 

だからこそ「しないよね?」の確認の言葉であり、「えっ?」と驚いた顔をした息子に、私の方が「なんで? そう言ってたけど違うの?」と驚いて、慌てて「えっ?」という言葉を返した。

 

私は最初から、心の中を整理するのが目的だと書いている。

 

だから、ちゃんと読めば想像できそうな範囲のことまではわざわざ書かない。

 

息子くらいの状態になると、昨日出来ていたことが今日には出来なくなっているということが多い。

 

だからどうしたらいいのか、この先想像できることも話しあっていた。

 

無口な息子だけど、自分に必要なことはちゃんと会話もしていた。

 

そうでなければ生活が成り立たない。

 

息子は「生き延びたい」と言っているのだから、私はそれを応援するのみ。

 

息子に寄り添ってないとか、息子の気持ちを考えていないとか、私たちの生活を隅から隅まで見て行っているのだろうか。

 

こういうことを考えるのがめんどくさいなぁと思う。

 

極端に言えば、自分の子どもが健康で、「余命宣告」というものをされたことも無く、生きているから理解するのが無理なんだと思う。

 

今現在、治療中のブロ友さんがたくさんいる。

 

みんな治療が上手くいって元気になって欲しいと心の底から願っている。

 

息子のような無念さを持って欲しくない。

私のようなやりきれない悲しみを抱えた人が現れないで欲しい。

 

息子は「頑張って!」という言葉を素直に応援として喜んでいた。

 

でも世間では、「頑張っている人にこれ以上頑張れと言ってはいけない」という風潮があるらしくて言えない。

 

だから、違う言葉でブロ友さんに応援のコメントを残すことはすると思う。

 

自分のためのブログを書きたかったけど、あまりにも想像力の無いコメントが入ると、なんだかなぁって気持ちになる。

 

心の中で「それは違うよ」とか「経験してないくせに」とか思うことがめんどくさい。

 

しばらくか、ずっとか、書くのを控える。

 

でもみんなのこと、応援してるから!