H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集2』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集2』宇野利泰訳 創元推理文庫

 

前回に引き続き、本日もラヴクラフト全集を再読しました。第二巻です。

代表作の一つである『クトゥルフの呼び声』を含めて、全部で三つのお話が収録されています。

全ページ数の四分の三くらいは『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』が占めていますね。

それでは早速、感想の方を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『クトゥルフの呼び声』
クトゥルフ登場です。何度読んでもわくわくするお話です。クトゥルフ神話世界、コズミックホラーへの導入作品としては、これに勝るものはないんじゃないでしょうか。
遠方より飛来した古き神々たちについての説明もばっちりなので、世界観を把握しやすいと思います。
同時期に世界各地で起きた以上現象、狂気と悪夢、太古から伝わる邪悪な宗教。情報が集まっていくにつれ、少しずつおぞましい真実が明らかになっていく過程は実に読み応えがあります。
【死せるクトゥルフが、ル・リエーの家で、夢見ながら待っている。】
呪文はこちらの訳が一番好きです。ルルイエという響きも不気味で良いとは思いますが。

好きな場面は何と言っても、海中からこのル・リエーが浮上してきた場面です。
緑色の粘液が滴る巨石の都。あらゆる線と形が狂っている、という部分の描写は少し想像するのが難しいですが、凹状の部分が次の瞬間には凸状になっている、というのは若干トリックアートっぽいと思います。錯視画像を立体化したような歪み方をしているのかもしれません。だとすると確かに相当気持ち悪いですね。

あの大祭司クトゥルフから逃げ切ったヨハンセンは本当に凄いです。私なら見た瞬間に発狂死しそう。巨体や触手は良いとして、中途半端に人型なのがちょっと生理的に無理。水生生物みたいな見た目の癖に、陸上を二足歩行できて、翼まで生えているのがずるいです。

そして主人公、真実を知って後悔しているにも関わらず、なぜ記録を残してしまうのか。遺言執行者が自分の二の舞になるとは思わないんですかね。


『エーリッヒ・ツァンの音楽』
こちらはかなり短いお話です。
登場人物もたったの二人で、「わたし」と、同じ下宿の屋根裏に住むヴィオル弾きの老人、エーリッヒ・ツァンのみ。
音楽に狂い、ヴィオルを掻き鳴らしながら暗黒世界に引きずり込まれて行ったエーリッヒ・ツァン。音と共に、異界への扉がふっと開く一瞬が、本当に恐ろしい。
あの町自体が存在しなかった、という落ちも含めて非常に不気味な作品です。


『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』
チャールズ・ウォードという青年が精神病院から脱走した、というところから物語が始まりますが、これは一連の事件の結末、時系列的には一番最後の部分です。
その後から始まる、第三者による事件全体の振り返りが本編になります。ごく普通の青年であった筈の彼が正気を失い、精神病院に収容されるまでになった経緯が描かれていきます。
物語の中心にいるのは常にウォードかカーウィンですが、実質的な主人公は老医師のウィレットさんだと思っています。

作中最重要人物であるジョゼフ・カーウィンは、ウォード青年のご先祖です。異端禁制の書物を集め、怪しげな実験を繰り返す得体の知れない人物、年を取らないことから悪魔の使徒と噂された気味の悪い男。
この先祖に興味を持ってしまったことが、最終的にウォード青年の身の破滅に繋がりました。

突然、神秘学に傾倒し始め、自室に閉じこもって邪悪な研究と儀式に没頭するようになったウォード青年。何を考えてカーウィンを甦らせてしまったのかは不明ですが、滅多な事はするもんじゃありませんね。殺されてしまったのも半ば自業自得のような気がします。
この世界で血筋について調べ始めると、大体ろくな結末になりません。
クトゥルフ神話世界の人間たちは、なぜいつも後戻りできない所まで来てしまってから後悔するのか。

ストーリーの進行が遅いのと、遠回しな表現が多いため読んでいてもどかしいですが、そこがこの作品の味でもあります。

好きな場面はウィレット医師の地下探索です。
悪臭に満ちた竪穴の中で蠢く、多数の醜悪奇怪な化け物たちなどは想像しただけでもぞっとします。翌日には地下洞窟の入り口自体が跡形もなく消えているというのも怖い。
恐怖で死ぬ思いをした後にもまだ調査を続けるウィレット医師は勇敢すぎます。精神的にも肉体的にもタフすぎ。とても老齢とは思えません。彼をここまで突き動かすのは、ウォード家に対する善意と、医者としての使命感でしょうか。まったく主治医の鑑です。
ラストでは精神病院にいるウォード青年の正体が、彼に成り代わったカーウィンだと看破し、呪文でもって撃退しました。格好良いです。
もうこれは、主人公のウィレットが邪悪な黒魔術師を追い詰めて退治する話だと言っても過言ではないでしょう。さすが、カーターの友人であるだけのことはありますね。暗黒世界への耐性が強い。


以上、全三編でした。
一番短いのは『エーリヒ・ツァンの音楽』ですが、読みやすいのは『クトゥルフの呼び声』の方だと思います。後者の方が、恐怖の正体がハッキリしているのでより怖さが分かりやすいです。前者は、音と暗闇が織りなす不気味な雰囲気というか、悪夢のような捉えどころのない恐怖を楽しむ作品といったイメージです。
『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』は、細かい部分まで想像しながら、ゆっくり時間をかけて読むのが楽しいです。敵は一応人間なので、それほど怖くありません。推理小説のような感覚で読むことができる作品です。
どれも少しずつテイストが違い、それぞれに違った面白さがあるので、飽きずに一気に読めてしまいます。
本日も良い読書時間を過ごすことができました。
それでは今日はこの辺で。