【再読】 H・P・ラヴクラフト『ラヴクラフト全集1』大西尹明訳 創元推理文庫
本日はこちらの作品を再読しました。
クトゥルフ神話、大好きです。作品としてはラヴクラフトのものが一番好きですね。
何度も読み返しているので、表紙が若干ボロボロです。
それでは早速、感想を書いていきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
『インスマウスの影』
主人公の「わたし」による一人称小説です。
薄暗く陰気で、排他的な港町のインスマウス。
地図にも載っていない町、というのがもう既に不穏です。荒廃しているのに魚だけは山ほど獲れる、という異様さ。聞こえてくる噂も不気味なものばかりで、まともな神経の人間なら、訪れようなんて気も起きないような不吉な土地です。が、主人公の「わたし」は好奇心の赴くまま、単身でそんなインスマウスを訪ねます。血は争えないというか、何か引かれるものもあったのかもしれません。
死の影がちらつく、荒れ果てた街。醜く生臭い住民たち。文字を追っているだけで嫌な気持ちになるくらい、この街の気味の悪さがこれでもかと強調されています。
聞き込みをしたザドック老人の喋りが上手すぎるのも、余計に恐怖を煽ってきます。主人公に知りうるすべてのことを話してしまったザドック老人ですが、彼がその後どうなってしまったのかはあまり考えたくありません。
そしておぞましい秘密を知ってしまった主人公の方も、町に住む「何か」たちから狙われることになってしまいます。不気味な夜の町を、追ってくる異形の者どもから死にもの狂いで逃げ回る場面は、逃げ切れると分かっていてもいつもドキドキしてしまいます。
まあ個人的には、より怖いのはインスマウスを出てからの方だと思っています。インスマウスで見た、人と海底に住む怪物たちとの混血であるあの異形の者ども。彼らと自身の生まれの真実を結びつけてしまった主人公が、少しずつ狂気と悪夢に飲み込まれていく様子は、何度読んでもぞっとします。何かに絡め取られて、そのまま暗い海の底に引きずり込まれるような、そういった重苦しい恐怖を感じさせる作品です。
『壁のなかの鼠』
こちらも一人称小説です。
不吉な悪の一族の血を引く主人公(本人は普通の人)は、初老になってから何を思ったのか曰く付きの祖先伝来の屋敷を買い取り、そこで余生を過ごすことにしました。
しかし、引っ越して早々、壁の中を移動する夥しい数の鼠の気配に悩まされることになります。夜毎に彼の眠りを妨げる鼠たち。しかし、その鳴き声も足音も、「わたし」と猫にしか聞こえません。
彼が見る悪夢が非常に印象的です。
汚物で満ちた洞窟、魔物の豚飼いとぶよぶよしたけもの、何もかもを食い尽くす鼠たち。
白ウサギを追って穴に落ちたアリスよろしく、壁の中の鼠を追って地下室の更に地下、人骨にまみれた薄暗い洞窟に降りた主人公は、そこで仲間と共に、ド・ラ・ポーア家の忌まわしい歴史を読み解いていくことになります。ここが物語のピークですね。カタカナが羅列されだしたあたりで、もう主人公のSAN値はゼロです。
現実と幻が入り乱れ、何が何やら。結局鼠たちは実在したのか。語り手である「わたし」が正気を失っているため、読み手にも何が真実なのか判断できません。確かなのは、彼が祖先から受け継いだ人肉食いの衝動を抑えられなかった、ということくらいでしょうか。ノリス大尉は災難でしたね。
前話にしろこちらにしろ、遺伝的な問題というのはもう、当人にはどうしようもないことだと思うのですが、どうなのか。
『死体安置所にて』
うっかり死体と共に死体安置所に閉じ込められてしまった葬儀屋・バーチの恐怖体験。こちらに収録されているものの中で一番短いお話です。
日頃の不真面目さの報いを受けた形なので、ある意味自業自得というか、それほど怖くは感じませんでした。
『闇に囁くもの』
若干SF的な趣のある作品です。
登場する怪物は、金属採掘のために別の惑星(冥王星)からやって来た者たちで、見た目は翼のある蟹です。実際は菌類らしいですが。
人間を殺戮するようなことはありませんが、深い森の奥に潜み、じっと人間世界を観察しています。ラウンド山は彼ら宇宙種族の前哨基地だそうです。今のところ地球を征服しようなどという動きは見られないものの、彼らの真の目的などは一切不明で、不気味です。
彼ら宇宙人についての研究をしている男・エイクリーと、それに興味を持つ主人公の文通、という形で物語が進んでいくのが特徴的です。面白い手法だと思います。秘密を知ってしまったエイクリーに迫る危険。徐々に忍び寄る宇宙人たちの魔の手。夜毎に近付いてくる彼らの気配に対して必死に抵抗を続けるエイクリーの恐怖が、手紙のやり取りを重ねるごとにどんどん強まっていく様子が巧みに描かれています。送られてきた筈の手紙、こちらから送った筈の手紙が何度も途中で行方不明になっているのが怖いです。どこまで宇宙人に監視されているのか、考えただけで背筋が寒くなります。
最終的に二人とも生き延びはしているものの、エイクリーは人間ではなくなってしまいました。宇宙人の仲間というか、手下というか。脳髄だけが円筒に入れられ、保存されている状態です。この状態で翼を持つ者たちに運んでもらい、遠い暗黒の宇宙を旅するそうです。あまり楽しそうではありませんが、まあ、エイクリー本人がそれで幸せなら良いんじゃないでしょうか。
常識的な人間が、未知の種族や彼らの行いに対して嫌悪感を抱くのは当然のことでしょうし、その場を逃げ出した主人公の判断自体はごく正しいものだったと思います。君も脳髄だけになって一緒に宇宙旅行に行こう、と言われて、躊躇いなく「はい」と答えられる人間の方が少数でしょう。ちょっと心配になるくらい好奇心旺盛な主人公でしたが、まだ理性は残っていたようで安心しました。
このお話に登場する種族は、人間と交信したり、複雑な機械やら手術やら、地球上にはない高度な技術を有しているあたり、「怪物」というより「宇宙人」感が強いんですよね。邪神のような禍々しさ、目にしただけで発狂するような異様な存在感は薄めです。彼ら自身が、より邪悪な存在(シュブ=ニグラス)を崇拝する立場なので、逆に言うと彼らよりもずっとおぞましく強大なものが多数存在しているということでもあり、そこが恐怖のポイントだと思います。
見た目の気持ち悪さは「インスマウス面」の方が上なんじゃないでしょうか。
以上、全四編でした。
どれも好きな話ばかりです。
『インスマウスの影』のダゴンの宝冠や、『闇に囁くもの』のラウンド山の黒い大石など、神秘的でありながら見るものを不安にさせるような、この世のものとは思えないグロテスクな遺物の描写が特に好きです。説明を読んでも全然想像がつきませんが、それを自分で想像してみるのがこの小説の醍醐味だと思っています。
全集本の古い怪奇小説、と言うと少しとっつきにくい印象ですが、訳が非常に読みやすいので、興味のある方はぜひ。
私の主観ですが、ポオの怪奇小説よりは万人受けすると思っています。
それでは今日はこの辺で。