桜庭一樹『ほんとうの花を見せにきた』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  桜庭一樹『ほんとうの花を見せにきた』 文春文庫

 

本日はこちらの作品を。

再読とは言っても、昔に一度読んだきりなので内容はほとんど覚えていません。タイトルと、読んで感動したことだけは覚えていたので、書店で見かけて思わず購入してしまいました。

私が読んだのは単行本でしたが、文庫版の表紙がこんなに可愛らしいとは。意外です。

作者は『GOSICK』シリーズの桜庭さん。『GOSICK』は確か角川文庫で読んだ記憶があります。

では、こちらの作品を読んだ感想について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

三つのお話から成っており、バンブーという生き物が物語の中心です。 
バンブーというのは個体名ではなく種族全体を指した呼称で、その名の通り竹の妖怪。彼らは見た目こそ人間そっくりですが、若い姿のまま年を取らず、高い自己治癒能力や空を飛ぶ力を持った吸血種族です。人間の血を飲み、肉を食らいます。竹なのになぜ人の血肉を食らうのかは分かりません。ちなみに体臭はすぅっとした竹の香りだそうです。
寿命は百二十年。日光が大敵で、陽の光を浴びると焼け焦げて死んでしまうため、昼間は眠り、夜の間に活動します。鏡に映らなかったり、血液を介して同族を増やしたりと、類似点は多々あるものの、ヴァンパイアではなく「バンブー」です。分類上はおそらく植物。
元々は中国の山奥に住んでいた種族でしたが、前世紀に1グループが日本に移住し、彼らは人に紛れて隠れ住んでいます。生きた人間を襲うことは掟によって禁じられているため、多くのバンブーは死者の血を啜って生きています。
性格には当然個人差がありますが、生粋のバンブーであっても喜怒哀楽などの基本的な感情は割と人間と大差無いようです。人間と比べて特に冷酷であったり残虐であったりということもなく、吸血鬼ではあるのですが、獰猛で血に飢えた闇の生き物、といった印象は薄いです。
血は飲むが人は殺さない、という点や、厳しい掟があるという点は『ダレン・シャン』のバンパイアたちと少し似ています。

『ちいさな焦げた顔』
一番ページ数がある、メインのお話です。
舞台は東日本のとある半島に位置する町。海沿いということもあり、色んな国から流れ着いたよそ者やならず者どもが跋扈している、治安最悪の土地です。富める「上の町」ではマフィア同士が抗争に明け暮れ、海辺の「下の町」、つまり貧民街では子供が普通に売春をしています。主な舞台となるのはこの下の町の方です。強盗、強姦、殺人など、常に危険と隣り合わせの町。これでも一応日本です。多民族でごちゃごちゃしているため、それに紛れるように多くのバンブーたちが隠れ住んでいます。

このお話の主人公は、十歳の少年・梗ちゃん。人間です。
彼はマフィアに殺されかけたところをバンブーのムスタァに救われ、その後彼と、もう一人のバンブー・洋治の手で密かに育てられることになりました。マフィアの追手に見つからないよう、女装して、南子と名を変えて、ムスタァと洋治と、海辺のコテージで暮らし始めます。

髭面で陽気なムスタァと、繊細で几帳面な洋治。吸血種族だというのに、二人に陰気さや残酷さは欠片もなく、過保護とも思えるほど優しく、温かく、梗ちゃんの成長を見守ります。人間と暮らすことは掟で禁じられているにも関わらず、殺されそうな子供を見捨てることができなかった二人。仲間にバレたら死刑になることは確実ですが、それでも梗ちゃんを守り、共に暮らし続けます。相当なお人好しです。
バンブーの性質として昼間は眠っているため顔を合わせる機会は少ないものの、三人でいるときは本当の兄弟や親子のようです。

不老である彼らが、すくすくと成長していく梗ちゃんを見て感動し、大袈裟なほど喜んでいる場面が印象的でした。背が伸びた、髪が伸びたというだけで大騒ぎし、梗ちゃんが高校に行きたいと言い出したときには二人して感涙しかけます。
「なんだよ、梗ちゃん。おまえ、勉強して、受験して、高校生になるってのかよ。すげぇなぁ!」とムスタァ。
「それから大人になって、就職試験を受けて、社会人になる?あんなにちいさかったあなたが?あぁ、ほんとに?」と洋治。

いつの間にか、梗ちゃんの成長を見守ることが彼らの幸福になっていたのです。梗ちゃんを立派に育てて送り出すことが、彼らの使命であり、喜びであり、生きがいになっていました。
「あなたが希望に満ちて明るくて元気だから、ぼくたちがどんなにうれしいか。日々幸せか」
「あぁ、梗ちゃんはどんどんおおきくなるんだなぁ!来年にはもう高校生か。おまえ、ほんとにさぁ。すくすく育ってかわいいよなぁ」
二人の言葉からは溢れんばかりの愛情が感じられて、読んでいるこちらの胸まで熱くなりました。

そしてその後、ケーキ屋でバイトをするポニーテールの女子高生になった梗ちゃん。もうすっかり女装も板についています。
しかし、このあたりから物語は大きく動き始めます。

人間である梗ちゃんが、二人とずっと一緒にいたい、バンブーになりたい、と思うのは当然の流れでしょう。しかし彼らはその願いを拒絶し、人間として生きるよう彼を諭します。それに納得できるはずもなく、傷ついた梗ちゃんは二人とは少し距離を置き、偶然出会った少女のバンブー・茉莉花とつるむようになります。茉莉花は無邪気で奔放で、生きた人間を襲う、掟破りのバンブーです。そんな茉莉花と共に、夜な夜な悪人を殺して回るようになった梗ちゃん。善人が虐げられる社会に義憤を覚えての行動ではあるのですが、それとは別に、彼にも無慈悲に他者の命を奪うことを楽しんでいる節がありました。
最終的に、梗ちゃんは茉莉花共々他のバンブーたちに捕らえられ、彼女の共犯者として王の前に引きずり出されてしまいます。重ねて、彼がバンブーによって育てられたこともバレてしまいました。
王である類類(るいるい)は滅茶苦茶冷血で意地悪で、嫌な奴です。
人殺しの罰として、拷問され、左腕と片耳を千切られ、鼻をそがれ、樽に詰められて土中に埋められた茉莉花。しかし、人間と共に暮らしたバンブーへの罰は更に厳しく、火刑による死刑と決まっています。
引きずり出されたムスタァと洋治。
どちらに育てられたのかと詰問され、精神的に追い詰められていく梗ちゃん。
最終的に彼は、洋治一人を指差しました。

残酷な判断だったと思います。
梗ちゃんが、直接的な命の恩人であるムスタァの方を特に慕っていたのは、洋治も分かっていたでしょう。そして、梗ちゃんがムスタァの相棒である洋治に、少しだけ嫉妬していたことにも気がついていたと思います。それでも、七年間愛情を込めて育て続け、その成長を自身の誇りと言うほど大切に思っていた子から切り捨てられたとき、彼は一体、どう思ったのでしょうか。全てを受け入れ、穏やかに燃え尽きていった彼の最期はあまりにも悲しすぎます。
たった一人の相棒を失ったにも関わらずムスタァが意外と冷静なので、もしかすると、彼らの間ではいずれこういう日が来ることも予想されていたのかもしれません。自分とムスタァなら梗ちゃんはムスタァを選ぶだろう、という確信が洋治の中に以前からあったのだとすると、より悲しいものがあります。いっそのこと、両方指差して二人一緒に死なせてやった方が良かったのでは、という気すらしてきます。

その後、ムスタァとも別れて一人で町を出た梗ちゃんは、女装を止め、名前を変え、普通の男として、普通の人間としての人生を送り始めます。
個人的には、ここからが好きな部分です。
十年が過ぎ、二十年が過ぎ。働き、遊び、恋をし、結婚し、子供も生まれ、そういった日常の中で、徐々に過去のバンブーのことを忘れていく梗ちゃん。過ぎゆく年月の残酷さや、二つの種族が決して交わることができないという事実がまざまざと突きつけられるようでした。
梗ちゃんが茉莉花の名前すら思い出すことができなかったのにはショックを受けました。残酷ではあるものの、純粋で、南子(梗ちゃん)のことは本当に大好きだったのであろう茉莉花。土中から出てきてすぐ、南子を探し、三十過ぎの男として生活している彼を見つけ出して、真っ先に会いに来た茉莉花。相手が自分を覚えていないことを知り、失望して、涙を流しながら去って行った彼女の心情を思うと、やるせない気持ちになります。見た目で気づくことはできなくても、せめて名前くらいは呼んであげて欲しかったです。

そして終盤、六十歳になった梗ちゃんは、昔住んでいた町に帰り、懐かしい海辺のコテージを借りて自身の終の棲家とします。
死を前に穏やかに暮らす彼のもと、姿を現したのはムスタァでした。
ムスタァは自分が助けてしまった人間の少女を梗ちゃんに託すと、バンブーたちに捕まる前に、自ら陽光を浴びることに決めます。
最期まで明るく、楽しげな姿が印象的でした。梗ちゃんが初めて会ったときと何も変わっていません。大好きだったムスタァと再会し、梗ちゃんの方も幼い頃の口調に戻ります。
二人で静かに夜明けを待つラストシーンはあまりに美しく、悲しく、思わず涙が出そうになりました。ムスタァは最後まで笑っていましたね。

ちなみに、このお話の中で一番好きなキャラクターは洋治です。ムスタァと違って純粋なバンブーということもあり、何というか、清らかさというか、「竹」感がありました。
次に好きなのは梗ちゃんの恩師・ゆう先生。教育熱心で、貧民街の子供たちの将来を本気で考えていた、教師の鑑です。元生徒に刺殺され、財布を奪われて道路脇に放置、という最期はちょっと悲惨すぎました。本当に、なぜ善良な人ほど苦しい目に遭ってしまうのでしょうか。


『ほんとうの花を見せにきた』
前話とは逆に、人間と暮らすバンブー側の視点から描かれたお話です。
登場するのは女バンブーの茉莉花と人間の少女・桃。この桃は前話ラストでムスタァが連れてきた、梗ちゃんの養女となった女の子です。梗ちゃんは既に亡くなっており、線香を上げに来た茉莉花が身寄りの無い桃を拾いました。二人は定住せず、町から町へと渡り歩いては、人間から血とお金を奪って生きるようになります。一応、殺しはしません。
初めの頃は茉莉花に捨てられないよう必死だった桃ですが、徐々に茉莉花が人を襲うことに忌避感を抱くようになり、彼女から離れていこうとします。
定住して人間として生きたい、という桃。そしてそんな桃を許せない茉莉花。梗ちゃんたちとは正反対の構図です。
寿命の近い茉莉花は、せめて死ぬまでは一緒にいて欲しいと懇願しますが、桃はそのまま茉莉花から離れていきました。

桃の意見は人として正しいものかもしれませんが、どうしても茉莉花を「捨てた」という印象が拭いきれません。今まで桃が生きて来られたのは彼女のおかげでしょうに。茉莉花に引き取られたときに、世話になった養父(梗ちゃん)の方を振りかえりもしなかった、という描写もあったせいで、どうしても桃が薄情で現金な女のように見えてしまいます。悪い子ではないのですが。

その後、しばらく経ち、すっかり大人になって幸福に暮らしている桃の前に突然茉莉花が現れます。その姿は変わらず、十五歳の少女のまま。欠損した左腕と片耳、削がれた鼻。
彼女は桃に、バンブーが死に際に咲かせる花を見せに来たのです。
梗ちゃんと同じように自分のことを忘れているのかと思いきや、桃がしっかりと覚えていたので逆に驚く茉莉花。それでも、二人の会話からはお互いの感情の温度差がはっきりと感じ取れてしまいます。桃にとってもう茉莉花は懐かしい知人でしかないようですが、茉莉花は桃のことがまだ大好きなのです。だからこそ、最期の花を見せるためにわざわざ会いに来たのです。

だいすき、という最期の言葉すら伝わらないまま、白い花となって消滅してしまった茉莉花。 
せめて桃がこれからもずっと、年老いても、茉莉花のことを忘れずにいてくれれば、と思います。

体温のない茉莉花が、生きている桃の温もりを尊ぶ様子が印象的でした。ムスタァや洋治もきっと同じ気持ちだったのでしょう。


『あなたが未来の国に行く』
こちらはバンブーたちが日本に移住する前のお話です。
舞台は中国の山奥。そこに住んでいた竹族、つまりバンブーが、人間によって住処を奪われていく様子が描かれます。

主人公は竹族の第三王女。賢く好奇心旺盛で活発な少女で、内気な弟の世話を焼く良いお姉ちゃんでもあります。彼女に引っ着いて歩く末弟が可愛いです。
この主人公の名は最後まで明らかになりませんでした。まだ若いながらも王としての資質を持った気高い少女でしたが、竹族の国が人間たちに襲われた際、身を挺して弟を逃がし、自らは日光に焼かれて消滅してしまいました。
やめてください、私は年下を守るお姉ちゃんってシチュエーションに弱いんです。
竹族たちが銃や矢で撃たれ、太陽光を浴びて灰になっていく様子は酷いものでした。人間離れした力を持つ彼らも、弱点である日光の下では無力です。人間たちは野蛮な殺戮者です。

何とか難を逃れ、船で日本を目指す一団の中には、姉によって生かされた弟王子・類類の姿がありました。その手には、姉が作った新しい国の法律が。掟を絶対視する冷酷な王・類類はこうして生まれたのです。
最初の話に登場した類類は、茉莉花を拷問し、洋治を処刑した無慈悲な王でしたが、この過去編を読むと印象ががらっと変わりますね。この直後に裁判シーンを読み直してみましたが、この話の後だと、立派になったなあ、という感慨深さすら感じました。最初とは真逆の感想です。

そういえば、人間から詩集を貰った青年はやっぱり洋治なんでしょうか。


以上、全三話でした。
一番好きなのは、最初のお話ですね。
二人の吸血鬼と幼い子供、という構図は、昔、初めて読んだときにも既視感を覚えたのですが、そういえば『ポーの一族』にも似たような話があった気がします。エドガーとアランが小さい女の子と暮らすお話が。既視感の正体は多分それです。

それから、バンブーが「植物性の吸血鬼」と表現されていたのが個人的にツボに入りました。これだけだと、知らない人にはどういったものか全く想像がつかないと思います。人間そっくりの食肉植物、と言った方がまだ伝わりやすいかもしれません。

最初に書いた通り、本編の内容はほとんど覚えていなかったので、新鮮な気持ちで読むことができました。良い読書時間でした。

それでは今日はこの辺で。