【初読】 杉浦日向子 監修『お江戸でござる』 新潮文庫
杉浦さんのエッセイが好きなのですが、こちらの作品はまだ読んだことがありませんでした。
昔、NHKで放送していた『コメディーお江戸でござる』という番組で、杉浦さんが江戸文化の解説を担当されていたのですが、その番組で取り上げた内容を、本に纏めたのがこちらの作品になります。
江戸の風俗について、テーマごとに分けて紹介されています。
それでは、内容について。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
江戸の文化は本当に洗練されています。特に、治水と教育に関しては同時代の他国の都市と比べても非常にレベルが高い。江戸市内の識字率、ひらがなに限っていえばほぼ百パーセントというのはすごい数字です。瓦版売りや貸本屋が繁盛するわけです。
江戸の文化、と聞いて私が真っ先に思い浮かべるのは、やはり食べ物でしょうか。
江戸のグルメといえば寿司・蕎麦・鰻・天麩羅。杉浦さんだけでなく、この本の構成を担当した方も明らかに蕎麦びいきですね。江戸の食文化については「料理茶屋・屋台」の一つの項目にまとめられていますが、蕎麦だけは別に「蕎麦」の項目があります。
ざるや盛りも良いですが、具入りの蕎麦も美味しそうです。江戸末期にはかなりメニューも増えています。海苔と青柳の貝柱を乗せた「あられ」。卵焼き、かまぼこ、椎茸、くわいを乗せた「しっぽく」。かまぼこ、松茸、湯葉を乗せた「おかめ」など。
ちなみに、ざるや盛りの蕎麦つゆのレシピ(初期)は、「みりん一合と醤油一合を合わせて一合になるまで煮詰め、大根の絞り汁を加える」だそうです。江戸の蕎麦つゆは辛いというのは知っていましたが、これはちょっと予想を超えていました。そんなに煮詰めたらカラメルみたいになっちゃいそうです。
食べ物の次に思いつくのは吉原遊廓。こちらは「花魁」の項目で触れられていました。
「〜でありんす」という廓言葉は地方出身者のなまりを消すために作られた人造語ですが、吉原の全ての見世で「ありんす」言葉が使われているわけではありません。「おす」「ざんす」など見世によって語尾が異なります。そのため話し方でどこの見世の花魁かすぐに分かるそうです。
遊女の中でも「呼び出し」の花魁は、諸芸に通じ、教養もある、最高位の存在です。決して笑わず、座敷でも物を食べず、しとやかに座っているだけ。このクラスの花魁は遊女三千人の中でもたったの四人程度です。当然、彼女らと遊ぶのには莫大な費用が掛かります。三日で百両吹っ飛ぶこともあるそうです。力士の一年の給料が十両、ということを考えると、どれだけ高額な遊びなのかということがよく分かります。
ケチで野暮な客は嫌われますから、相当気前が良く、かつさっぱりとした粋な性格の男でなければこの花魁と恋愛をすることはできません。
それでも客が引きを切らない辺り、ステータス的な意味でも、男として、高嶺の花をものにしたいと思う人間が多かったのでしょう。その気持ちはよく分かります。
その他の江戸の職業や、商売についての項目も興味深かったです。人材斡旋をする口入れ屋や損料屋(レンタルショップ)が大人気、というのが江戸らしいです。損料屋では物だけでなく猫や犬、人まで借りることが出来たそうです。
大店の若旦那や奉公人、武士の暮らしなども覗くことができます。江戸は基本的に、出稼ぎのための町なんですよね。地位が上がるほど、窮屈さも増していきます。武士なんてもうガチガチです。身一つで日銭を稼いで暮らす、独身の若い男が一番気楽そうです。
女性比率が低いため、女性の再婚、再再婚も珍しくはありませんでした。町人の女性に関しては二度以上の結婚がお上から推奨されていたくらいです。貞操観念は若干緩めです。
それから、江戸といえばリサイクル文化。
古紙を何度も漉き返したり、蝋燭から落ちたロウをもう一度溶かして蝋燭にしたり、割れた瀬戸物は接いで使ったり。ゴミである灰や髪の毛、排泄物まで再利用します。この「もったいない精神」は私も見習いたいものです。
他にも、江戸のファッションや江戸っ子たちの四季の楽しみ方、長屋での暮らし、趣味、信仰や狐狸妖怪についてなど、様々な事柄が紹介されています。知っているものもあれば知らないものもあり、どれも非常に面白かったです。
東京生まれ東京育ちとしては、やはり、江戸文化は非常に身近なものに感じられます。現代に通じる物も多くありますし。
とはいえ、古風で雅な上方文化も好きです。
歴史ある京に対抗して、まったくの反対方向に発展していったのが江戸の「粋」文化なわけですから、上方あってこその江戸の文化です。
知識があると、時代小説を読んだり時代劇を見たりするときにも、より一層楽しむことができます。この作品は一つ一つの項目が簡潔で読みやすいので、江戸時代への入門書としてはうってつけだと思います。興味がある方は是非。
それでは、今日はこの辺で。