三浦しをん『神去なあなあ日常』 | 本の虫凪子の徘徊記録

本の虫凪子の徘徊記録

新しく読んだ本、読み返した本の感想などを中心に、好きなものや好きなことについて気ままに書いていくブログです。

【再読】  三浦しをん『神去なあなあ日常』 徳間文庫

 

三浦さん続きで、本日はこちらの作品を再読しました。

林業のお話です。

主人公の若い男の子の一人称視点で物語が進んでいく、ということもあって、前回の『舟を編む』よりも文章が軽く、コメディ色強めな作風となっています。

こちらも映画化されています。主演・染谷将太さん、ヒロインは長澤まさみさんでした。伊藤英明さんのヨキは金髪ではありませんでしたが、個人的には結構ハマっていたと思います。

それでは、内容について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公の平野勇気は横浜生まれの十八歳。特に将来の目的もなく、ダラダラといい加減な生活を送っていました。が、高校卒業後、担任と母親の共謀で、突然林業の現場に放り込まれます。
勇気が密かに書いていたポエムを読み上げ、行かないならこれコピーしてあんたの友達に配るわよ、と脅す母親。ひどいです。
見知らぬ場所で、知識ゼロの状態で働くことになった勇気。朝八時から夕方五時まで、春は花粉、夏はヒルやダニに襲われながらの、超過酷な肉体労働です。林業に興味のない都会っ子にいきなりコレはちょっとキツすぎると思います。私なら三日で音を上げているでしょう。

物語の舞台は三重県にある神去(かむさり)村。携帯も繋がらない山奥です。
そして勇気が暮らすことになった村内最奥部「神去地区」は、住民の大半は六十歳以上、郵便局も学校もなく、生活用品を売っている店は一軒しかないという不便極まりない場所です。娯楽も少なく、結果として明るいうちに働いて暗くなったらさっさと寝る、という生活になります。健康的ですね。
勇気はこの村で、先輩であるヨキの家に厄介になります。ヨキと奥さんのみき、祖母の繁ばあちゃんとの共同生活です。

山仕事の天才・ヨキは作中で最もキャラが立っている人物だと思います。フットワークが軽いキャラクターなので、作者の三浦さんも動かしやすそうです。金髪でチンピラのような見た目をしており、初対面でいきなり、勇気の携帯の電池パックを奪って投げ捨てるという奇行を見せます。
性格はガキ大将そのもの、既婚者であるにも関わらず趣味は女遊びというやや人格的に問題のある人物ですが、山仕事に関する彼の腕前は本物です。ロープ一本で苦もなく木に登り、チェーンソーではなく斧を器用に操って仕事をします。そして普段は適当ですが、木や山、神々に対しては真剣に向き合っています。喜怒哀楽のはっきりとした、熱い性格の男なので見ていて気持ちが良いです。
ちなみに本名は飯田与喜です。

勇気の所属する清一班の他の面子も、なかなかに個性的です。クールな若社長の清一さん、面倒見の良い巌さん、ひょうきんでマイペースな三郎じいさん。この三人にヨキと勇気、それから白犬のノコを加えたのが清一班になります。協力して長い時間一緒に働くだけあって、非常に仲が良く、良い雰囲気のチームです。夏祭りではお揃いの浴衣でウナギの屋台を出しました。ウナギを捌くのに苦戦してわちゃわちゃやっているシーンは結構好きな部分です。

林業というものはただ植えて切れば良いというものではなく、苗木の植え付け前には地ごしらえ、植えた後は間伐(間引き)、雑草の下刈り、枝打ち、冬の雪起こしなど、こまめに手を入れて管理する必要があります。
また伐採一つ取っても、木が変な方向に転がったり傷ついたりしないように、角度を意識してより効率的に切る必要があります。
この作品ではそういった一つ一つの作業が丁寧に描かれているため、林業の大変さがよく伝わってきました。本当に気の長い仕事です。

花粉の季節に、花粉が黄色い霧のように降ってくる場面は、花粉症の私からすると悪夢のような光景でしたね。周りが杉とヒノキの木ばかりで逃げ場がないというのが辛い。勇気の「ナウシカの腐海」という表現にぞっとします。
ですが、この花粉にしろ、ダニやヒルにしろ、山仕事をしている以上防ぐ術はないので、もう慣れるしかありません。大変です。

最初は嫌々仕事をしていた勇気が、だんだんと山や神去村に愛着を持つようになり、「山の男」らしくなっていく様子は見ていて胸が熱くなります。里帰りしても二日で戻ってきてしまったり、山火事の際には命懸けで消火作業にあたったり。この村で生まれ育った人たちと同じくらい、勇気の心はこの神去村と山に強く結びつけられているようです。
担任と母親が「緑の雇用」制度に応募しなければ、勇気がこの村に来ることはなかった、そう考えると運命とは本当に不思議なものだと思います。

このお話は、勇気が経験した神去村での一年間の出来事が描かれています。
大きなイベントは花見と夏祭り、そして「オオヤマヅミさんの祭り」。この「オオヤマヅミさんの祭り」は作中最も大きな出来事でした。

「オオヤマヅミさんの祭り」というのは、四十八年に一度、神去山の巨木を切り倒すことが許されるお祭りです。神去山は植林地と違い、普段は足を踏み入れることが許されない、人の手の入っていない神聖な山です。
神事なので、この時だけは樹齢千年の木を切ることも認められています。真夜中に川で身を清め、白い装束を着て大木を伐採します。そしてそのまま伐採した木に乗って斜面を滑り降りる、という命がけの祭りです。作中では千年杉を伐採しましたが、その丸太に乗って山の斜面を猛スピードで滑り降りていく場面は何度読んでもハラハラする部分です。とても正気の沙汰とは思えません。ちなみに、今までで八人死んでいるそうです。

信心深い、とは少し違うような気もしますが、深い山奥で神と共に生きる神去村の人々は、考え方も生き方も、都会人のそれとは大きく異なっています。それがとても魅力的です。
神去山に、本当に神がいるのかどうかは分かりません。勇気はあの山で、霧の中の太鼓と鈴の音を聞き、「オオヤマヅミさんの娘たち」を幻視しています。ですが、それはあの山に行けば誰もが神秘を体験できる、というわけではないではずです。勇気の超常体験は、彼と神去山が深い部分で強く繋がっている、その証なのだと、私はそういう風に解釈しています。
 

ストーリーにはあまり関係ありませんが、みきさんが作ってくれる、三合分の米を使った特大おにぎりは読むたびに気になります。鮭や梅干し、コロッケなど色々な具材が入ったおにぎり。三角形をしているそうですが、一体どうやって握ったんでしょう。華奢で小柄なみきさんは、おそらく手も小さいと思うのですが。まあ、何であれ、美味しそうです。
ヒロインの直紀さんも素敵ですが、女性キャラクターの中ではみきさんが一番好きです。初登場シーンがお茶碗をぶん投げるところ、というのがなかなかにインパクトがありました。

 

続編の『神去なあなあ夜話』は今手元にないので、残念ですが、また次の機会に読み返したいと思います。

それでは今日はこの辺で。