【再読】 瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』 新潮文庫
陸上競技を描いた青春小説の中で、特に好きな作品の一つです。
瀬尾さんの文章は読みやすいですね。登場人物たちの年齢に合わせて、難しい言葉は使わず、中学生らしく易しい言葉で、思春期特有の揺れ動く心を巧みに描写しています。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
中学校駅伝のブロック大会と、そこに至るまでの日々を描いた作品です。田舎の学校では陸上部員だけでなく、足の速い生徒を集めてチームをつくるのが常識で、陸上部員だけで駅伝にのぞむ学校はほとんどないとのこと。市野中学校もその例にもれず、バスケ部、吹奏楽部の生徒から金髪の不良まで、部長の桝井が駅伝に必要だと思った人材がチームメンバーとして集められていきます。悪く言ってしまえば寄せ集めの集団です。彼ら、主に吹奏楽部の渡部と不良の大田の勧誘にまず時間がかかり、チームを組んでからもしばらくはぎこちない空気が漂っています。このチーム、メンバー一人一人の個性が強すぎるんです。元いじめられっ子に不良、ムードメーカー、プライドの高い芸術好き、唯一の二年生、さらに顧問は陸上の知識がほとんどない、美術担当の若い女性教師。彼らをまとめようとする桝井のカリスマ性が光ります。
個人的に一番読みやすく感じたのは大田視点で展開する「2区」でした。彼のキャラクターがまた、面白いです。金髪で眉を剃り、煙草は吸う、授業はさぼるというお手本のような不良少年。今時こんな中学生がいるかという疑問はさておき。
そんな彼ですが、根は意外と真面目で気が弱い。決して恥知らずな乱暴者ではありません。自分が「できない奴」だと知られてしまうことを恐れて必要以上に強気に振る舞い、努力なんてダルいという顔をして「やればできるけどやらない奴」を装っている、そしてそんな自分の在り方を恥ずかしく思っている、悩める中学三年生の男の子です。ときどきとても卑屈になります。いらつくとなぜかがむしゃらに料理をするという一面も。ソーセージやキャベツ入りの具沢山なチャーハン、美味しそうでした。豪快な男メシってなんだか良いですよね。それから、女性とお年寄りには気を遣ったり、駅伝の練習を始めてからは禁煙したり、他の授業はさぼっても、体育と顧問の担当している美術の授業にだけは律儀に出席したり。こんなにあざとい不良少年、今日び実在するんでしょうか。いらつくとすぐに手が出る部分だけはいただけませんが。
「変わらなくては」「変わりたい」と思いながらも不良から抜け出すことができない大田が、走ることやメンバーとの交流を通して少しずつ変化していく姿を応援しながら読んでいました。そして、記録会などのたびに黒彩で髪を染めていた彼が、頭を丸刈りにしてのぞんだ本戦。衝突していたジローとの本番前のやりとりにもぐっときました。五位か六位でという予想を超え、二位で3区のジローに襷をつないだ大田。涙と鼻水まみれで必死に走る姿が印象的です。勝つためというより、周りに応えたいという思いで走る彼の姿に胸が熱くなりました。
大田だけでなく、設楽、ジロー、渡部、俊介たちの章もそれぞれ印象に残りました。プライドが高く歯に衣着せぬ物言いで他メンバーとの不和が目立っていた渡部も、実は視野が広く聡明で、不器用な優しさを持っていました。そして最終章「6区」の桝井視点では、それまでずっと爽やかな好人物としての印象が強かった彼の、内に秘めた焦りや苛立ちが描かれます。
みんなそれぞれ、自分自身の悩みや葛藤があって、それでもチームである以上はお互いのことも考える必要があります。けれど彼らは「仲間なのだから理解し合おう」という意識でなく、自然にチームを形成していっているように感じました。性格も駅伝にかける思いもバラバラで、すれ違ったり、衝突したり。それでも一緒にいるうちに少しずつお互いの距離が近くなっていくような、そんな自然さが、「寄せ集めのチームで駅伝に出場する」というストーリーを上手くまとめ上げていたように思います。
顧問の上原先生もまた、興味深い人物として印象に残っています。全ての章に登場する、うろうろ、ふわふわとした掴みどころのない人。図太くて空気が読めず、やる気もあるのかないのかわからない。彼女視点で描かれた話がなく、内面の描写がほとんどないのが得体の知れなさに拍車をかけているように感じました。普段はぽやぽやしていますが観察力はあり、渡部視点では美術の才能は確かだということが明かされます。なぜ陸上部顧問になってしまったのかは不明です。顧問や監督として有能と言えるかどうかは微妙なところですが、彼女がいなければ駅伝のチームも、それから物語としても、全く別のものになっていたと思います。個人的に作中で一番好きな登場人物です。
全体もそれぞれの章も本当に綺麗にまとまっていて読みやすく、爽やかな読後感を得ることができました。
悩むこと、苦しいことも含めて青春とは素晴らしいものなのでしょうね。
次は同じ陸上部を題材とした作品か、あるいは瀬尾さんの別の作品を読もうと思います。
では。