【再読】 辻村深月『サクラ咲く』 光文社文庫
辻村さんの他の作品も読み返したいと思い、本日は『サクラ咲く』を再読。『きのうの影踏み』と少し迷いましたが、こちらを選んでよかったと思います。中学・高校生が主人公の青春小説なので、読後には爽やかな気分になれました。文章がライトなので小学生でも読めるのではないでしょうか。国語の学習教材などにもよく使われている作品です。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
一つ目のお話、「約束の場所、約束の時間」は百年先の未来人と友達になるファンタジー色強めの物語です。主人公の朋彦は一見すると不真面目で自分勝手な人物ですが、根は素直で、相手を気遣える男の子です。悠と出会ったことでより精神的に成長していきます。ラストで悠が元の時代に帰ってしまっても彼のことを覚えていて、悠の時代で流行っている病気の治療薬を作ることを決意します。自分の将来の目標を決めてしまうほど、大切な友達だったのですね。一緒にいた時間は短くとも、かけがえのない友人同士になることができる、ONEPIECEのボンちゃんもなんかそんな感じのことを言っていたような気がします。うろおぼえですが。
また、登場する未来道具も印象的でした。特にレンジでチャーハンを作れるカードについてはもう少し詳しく知りたいところです。一体どういう仕組みなのでしょうか。レシピが記載されているカードを読み取って自動調理してくれるのか、それともチャーハンがカード化されているのか。後者の場合なんだかドラえもんの道具みたいですけれど。
二つ目のお話は「サクラ咲く」。主人公のマチは読書好きで、自分の意見をはっきりと言えない弱気な女の子です。彼女自身、そんな自分の性格が嫌で、周りから真面目な子、いい子だと思われることに抵抗を感じています。辻村さんお得意の丁寧な心理描写でマチの繊細さが巧みに表現されていました。借りた本にはじめて返事のメモを挟み込むシーンでは、マチの胸のドキドキがこちらまで伝わってくるように感じました。また、爽やか系男子・海野奏人との関係も良いです。バレンタインデーの甘酸っぱい雰囲気、二人の可愛らしさに静かに悶えました。中学生の恋愛ってこんなに可愛らしいものなのでしょうか。そういえば陸上部二年の朋彦先輩と美晴先輩も登場しましたが、この時点で二人は付き合っているのか、どうなのか。
個人的に、こちらが三つの中で最も主人公の成長が見られるお話だと思っています。マチに「変わりたい」という意識があったからこそ、より大きな精神的変化を迎えることができたのでしょう。マチが短所だと思っている弱気さを、長所だと認めて肯定してくれる友人たち、そんな得がたい友情に恵まれたのも、きっとマチ自身の人徳だと思いました。
三つ目は「世界で一番美しい宝石」、こちらは高校が舞台となっています。映画同好会の男子三人と、心を閉ざしたような図書室の佳人・立花先輩。映画への出演を拒む彼女に対し、説得のために毎日図書室に通いつめる主人公・一平が、健気というか、執念深いというか、とにかくとても情熱的です。彼の場合は映画を撮ることですが、何であれ、夢中になれるものがあるというのは素晴らしいことだと思います。
図書室には、司書の海野先生もいます。少しの描写からでも素敵な女性であることが伝わってきて、感慨深かったです。
また、主人公の父は製薬会社に勤める文武両道な人物で、文系の主人公からは自分とは別種のいわゆる「できる人間」だと認識されているのですが、彼の中学生時代を知っているこちらからすると面白い部分でした。彼の研究している新薬が新種の喘息治療に役立つと判明した時、このシーンを初めて読んだ時の感動は忘れません。携帯につけている古びたキーホルダー、泣きそうになって目頭を押さえる「主人公の母」、何度読んでも良い場面です。
読み終えて思ったこととして、マチと一平は冴えない文系を自称している割にやっていることが結構パワフルというか、思い切りが良いです。マチは借りた本の中の不審なメモに返事を書いてみたり、バレンタインに奏人にチョコを渡すことに一切躊躇いがなかったり、一平は図書室に通いつめて女性を口説いたり、先輩の探す本が見つからないなら俺たちが描いてあげればいいじゃないと言い出したり、意外と二人とも行動力があります。これが若さでしょうか。私もこの行動力は見習いたいものです。
一つ目のお話でリレーの場面を読んだからか、次は陸上部を描いた物語を読みたくなりました。スポーツの中でも、陸上競技、特にリレーや駅伝をテーマとした作品は青春小説の王道だと思っています。持っている本の中にもいくつかあります。さてどれを読み返そうかしら。
それでは。