”宗家”を名乗りたがる人たち | 本部御殿手  如是我聞 如是我見

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琉球王家の一つだった本部家に秘かに伝承された本部御殿手 多聞館のブログです。
ブログは”私はかくの如く聞き、かくの如く見ました”という内容です。


2週間ほど前の稽古終了後にメンバーから「本部御殿手の宗家が亡くなったと新聞の告別式に出ていますが

○○という人はご存知ですか?」という電話がかかってきたので


「あぁ、その人は元々は支部道場の門弟で勝手に”宗家”を名乗っていただけです。」と答えた。

この件については先日の本部流の公式ブログでも記事になっているのでご覧いただきたいと思います。

先日亡くなった人は元はS氏の道場の門弟だったのだがS氏が破門になった後は

T氏の道場に席を移し(事件を起こし破門になった)その後はさらに分派した兄弟弟子の

K氏の道場に移り、あろうことか数年前から外国のサイトで「宗家」を名乗っていた。


そういう経緯はサイトも含めて全て把握していたが、なんというか対応する気にもなれなかった。



正直な気持ち(支部道場の門弟で直接上原先生の指導もあまり受けていないのに宗家なのか?)と思ったし
それを信じる人は少ないだろうと考えたのだ。


また、先日S氏の弟子が9段の段位になっているという連絡があったのでサイトを見たのだが

もぅ、言葉を失うというかアホらしくて見なかったことにしよう・・・と思ってしまった。



「宗家」ってそんなに軽いものなのか、それほど名乗りたいものなのか、

私にはサッパリ理解できない。


こういうことに関しては書きたいことは山ほどあり資料も沢山手元にあるのだが

なんだか食傷気味で、うんざりして書く気になれない。


何処の団体や流派もそうだろうが宗家やトップは楽なものでは無い。

なにしろ看板を背負っているし目に見えない苦労が多いものなのだ。

それは上原先生を傍で拝見して、つくづく実感した。



この写真の右端には挑戦者がいて彼は正確には4回挑戦して、ことごとく負けた。

この時彼が手にしているのは日本刀の真剣だった。


武を好む人は根本的に闘争心や人の上に立ちたい、という気持ちが旺盛な人が多いような気がする。

人の上に立ちたい、というのは悪いことではないのだが、だいたいがある種のコンプレックや

負の要素がその根底にはあるように見える。


そして、それらが自愛にもとずく自己顕示欲となって現れるように私には思えるのだ。

つまり”評価されない自分”を抱えている不満の裏に自分は高く評価されるべきだという

我愛が存在するので、それが顕示欲となって噴出してくるのだろうと推察している。

簡単に言うと「オレ様は偉いんだぞ、俺が此処にいるぞ。」という具合に他に顕示して

「自分」を認めさせたい為に宗家を名乗ったり高段位を前面に出したりして自己PRをするのだと思うのだ。


自分が何者なのか、どの程度の人間なのか、というのは自分自身が良く知っているはずなのに

眩んでいるとしか言いようがない。



もはや目指すものに到達したと思うのは勝手だが、まともな人は必ず誰かのチェックを受ける。

それは普通は「師」が行って認可するものなのだ。


「琉球王家秘伝」や「琉球秘伝武術」などを拝した紛らわしく怪しいものが最近は多すぎる。


悪いけど( 認められない ”自分” を抱えているんだな。)という感想を私は持っており

半分は心のビョーキだな・・・と思っている。


ビョーキでなければ簡単にばれるような嘘はつかないと思う。