本日の国会中継で、分かったことは以下の4点。
① 前川氏含めて、誰一人安倍総理の関与を証明出来た人はいませんでした。
② 野党質問者も「加計ありき」というだけで、安倍総理の関与の質問は証拠もなく出ませんでした。
③ 「加計ありき」というより「加計しかなかった」ということが、より明確になりました。
④ ただ安倍下ろしだけが野党の目的であるということも明確になりました。
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【加計学園が獣医学部を新設する申請をしていること】について。
それを《安倍総理が知った時期が1月20日であると明言したこと》に、野党は「昨年秋以降、諮問会議で関係者から意見聴取をしており、首相が知らなかったとは考えにくい」として新たな焦点になったと騒いでいるようですね?
では、前川喜平氏が昨日の衆院での閉会中審査で【和泉首相補佐官と会った日時】があまりにも変遷しており、内容も含め本当に信用できるのかという点が蔑ろにされ、大手メディアからはそこを突くような報道がまるで見られませんね?
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前川氏は「和泉首相補佐官に呼ばれ『総理は自分の口からは言えないから代わって私が言う』と言われた」と証言しましたが、和泉補佐官に呼ばれて会ったのが、自民・小野寺議員への説明では「9月9日10時」、その後の民進・大串議員への説明では「9月9日15時」と時間が変わりました。
実は6月4日の毎日新聞のインタビューでは、前川氏はスマートフォンのスケジュール帳を記者に示しながら「9月5日午前10時25分に和泉補佐官と会って、その時に『総理は自分の口からは言えないから代わって私が言う』と言われた」と証言しています。
日時が違う明らかな矛盾ですし、前川氏はスマホのスケジュール帳をその時記者に指し示しており、「ほら、はっきりとした記録もあるだろう」ということで示したわけです。
ではなぜ昨日、前川氏は和泉補佐官から言われたとする日を、9月5日から9月9日に変えたのか。
実は9月5日ですと、和泉補佐官は総理のASEAN諸国訪問に同行するため日本国内にいないはずなのです。
このことに気付き、前川氏は9日に会ったと証言を変えたのかもしれませんが、実はこの9日の午前0時55分に政府専用機は羽田に到着しており、午前10時に和泉補佐官が出勤していたかどうか。
さらに、なんとこの日の午前9時30分には北朝鮮による核実験があり、10時に緊急参集チームの協議→官房長官会見→総理会見→国家安全保障会議開催と首相官邸は極度に忙しい状態で、もし和泉補佐官が出勤していたとしても、この最中に前川氏と会えるでしょうか?
こうしたこともあったのか、前川氏は15時と述べたのかもしれませんが、本当にこの日時も合っているのでしょうか?
辞任を申し出た日を含めてあまりに矛盾が多く、連れ出しバー問題や天下り処分リストに自分が入っていなかった問題など、前川氏の証言自体はおかしなことだらけで、信ぴょう性は極めて低いと言わざるを得ません。
[以上、昨日の自民党和田政宗議員のFacebookでの投稿から]
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マスコミはとにかく加戸前愛媛県知事の発言、とりわけ自民党青山繁晴議員など与党側との質疑について、殆ど仔細に取り上げることがなく「報じない自由」を行使し、そういうことをするマスコミについて加戸前愛媛県知事ご自身も今日の質疑で「そういうことは慣れっこになってます」と、嘗ての霞ヶ関時代からのご経験で悟っているかのように仰っておられましたね。
【「加計ありき」ではなく「加計しかなかった」という事実関係は、先日投稿したブログから年表で纏めてみれば明らかな話なのだ。】
獣医師会から100万円の献金を貰っていたことが明らかな民進党議員。その中でも執拗に追求している玉木雄一郎氏は今日の質疑で「一度この加計学園の新設については白紙に戻しませんか? そうした方が有権者からの疑念も払拭されるのではないのか?」と、安倍総理に詰め寄る場面がありましたが、加戸前愛媛県知事は「酪農畜産関係に携わる獣医の数や様々な伝染病の対策行政については、日本はアメリカに対して10年は遅れている。これでこのまま白紙にしてしまえば、さらに10年は掛かるでしょうから20年も遅れることになる。」と危惧しておられました。
獣医学部設立の長年の四国の希望を、ただ安倍内閣を倒したいだけの政争の具にしている野党と、それを後押しするかのように加戸前愛媛県知事の質疑の部分は切り取りして掻い摘んで報じることで有権者に間違った認識を植え付け、政権に批判的な感想を持つ方向に誘導するマスゴミは、《四国の酪農家が口蹄疫や鳥インフルなどで困っていてもどうだっていいんだな》と呆れ返るばかりです。