今日は総回診の日で、病室に医者の大名行列がやって来る。初めて医長の姿を見た。背が高くGSのギターでも弾きそうな痩せ型の四角いメガネをした医者だった。
例によって母親は私が見舞うと急に子供が駄駄をこねたりするように
『ここから連れて帰ってくれ』
と言っている、その最中に総回診となった。
『もう少し元気になったら帰れますよ』と締め括られて総回診は終わった。
担当医はこの回診に遅れて駆けつけて、罰が悪そうにソソクサしていた。やはり、どこに行っても『上司』や『お上』は絶対なのだろうか。
今まで『心配要りません。必ず治しますから』などと、頼もしく言っていた担当医が目をシバたたかせてソソクサしている様子を見ると『どこの世界もこんなものだな』と思ってしまう。
今日はなかなか母親がグズッて手を焼いた。
『あんたなんかこの苦しみが分かるか』
『早く帰えらせろ』
『みんな私を馬鹿にしている』…。
そのたびに私は全てそうだそうだと承服し、何を言われても受け止めていた。
しかし、何度も何度も
『死にたい』『死にたい』言われると
さすがに滅入ってくる。
ついに、
『よし、分かった。死にたいなら
俺が殺してやるよ。
それから俺も死ぬ。
それでいいなら一緒に死ぬか?』
これには二の句もなかったようだ。
目にいっぱい涙を溜めてすすり泣き始めた。その涙を一粒一粒丁寧に拭ってやり、
『甘いものを買ってきた。一緒に食べないか?』
目先を変えてあげるのも一策である。買ってきたフルーツゼリーを食べさせ、落ち着かせ、そのうち思い出話を2・3してあげているうちに眠ってしまった…。
聞き分けのない幼い子供をあやしているのに等しいのだろうか?
夕食を半分介助しながら食べてもらい、歯を磨かせ、夜のクスリが届けられ、それを飲ませる。
『息子さんが来てくれて良かったですね』と看護師に声を掛けられ、そして、照れくさそうに笑った…。
何日ぶりか、何ヶ月振りかもしれない。
笑った。
面会時間が終ろうとしている時だった。
そして、一言、『ありがとう』と言った。
『じゃ、息子さんをお見送りに行きましょうか』と看護師に付き添われて、病棟の看護ステーションまで見送ってくれた。
振り返ると母親はやや笑みをたたえて手を振っていた。
今日のことは一生忘れないだろう。
『死にたい』と言って始まった一日が
『ありがとう』で締めくくられるとは
夢にも思わなかった。
これを糧にして明日も
生きていきたいと思う。
ありがとう。