老舗が受け継ぐ江戸の味 うなぎ 日本橋
蒲焼独特の「裂いて焼く」調理法は元禄年間(1688~1704)に関西で考案されたとされる。ぬるぬるしてつかみにくいウナギを食べやすくするための独自の工夫は、いかに日本人が鰻好きだったかを示す証でもある。その技法はほどなく江戸にも伝わり、鰻は名物食としての地位を確立していった。その背景には様々な要因がある。一つ目は「江戸前鰻のブランド化」。江戸前の魚介が評判になる中、鰻もその列に加わった。江戸中期の方言辞典「分類称呼」には「江戸にては、浅草川・深川辺の産を江戸前と呼びて賞す」とある。
二つ目は鰻デーの誕生。「土用の丑の日」に鰻を食べる習慣は安永・天明年間(1772~1789)に始まったとされる。この習慣は鰻食が定着していくうえで爆発的な効果を発揮した。三つ目は「うな丼」の登場だ。蒲焼と飯、タレが一体となったうまさは、ますます鰻の人気を高めていった。濃い口醤油と味醂の普及が可能にした甘辛いたれの発明もむろん、忘れてはならない。