中央卸売市場 日本橋
江戸時代初期より300年、1日千両落ちると言わしめた巨大マーケット日本橋魚河岸。
大正12年の関東大震災により焼失し、そのバトンを受けとった築地魚河岸。
海軍施設の跡地を臨時の場として指定。
ミラノやミュンヘンなどの市場の視察調査をもとに、天井が高く、柱の数が少ないホール式の売り場を目指した。震災から11年後、扇型の屋根でおなじみ、現在の中央卸売市場築地本場が竣工した。
扇型につらねた白亜の大楼館と称され、当時近代建築3要素といわれた鉄、セメント、ガラスが使用され耐震こうぞうの父佐野利器がかかわるなど、余すとこなく近代技法が取り入れられた。