はい、今日はミニ考察でございます
蛇巫女という存在を御存じでしょうか?
これは蛇を祀ってまじないをかける女性のことです
これは何気のゼクトバッハ叙事詩にも関係あるのものです
蛇神の歌詞にある
「比礼を揺らいで」というのは
主に女性が行うものなのですよ
まず、比礼とは長い薄手のスカーフみたいなもの
乙姫様や天女の肩にかけているあれですね
これをひらひらと振って使います
元々はご飯の上を飛ぶハエを布で追い払う為に振るっていたのが
呪術的なものへとシフトしにいったものと考えられます
神話からではオオクニヌシがスセリヒメから
蜂や蛇を払う比礼を託されて
スサノヲの試練を抜けた話が残っています
ここで比礼を蛇と見立てると
蛇を託す蛇巫女の存在が見えてくるのです
なんで今頃蛇の話をしているかといいますと
エンカムイの話でいろいろ調べている
とこんな文面が見つけました
1951年のフィルハーモニーに記載されていた
久保寺逸彦氏の「アイヌ民族の歌謡」という論文です
これによりますと、アイヌでは呪術を操る女の人が存在して
それには蛇の存在がついているからだと考えられています
主に神(カムイ)を持て成すのは男の仕事で
女では身を穢れているとしてやらなかったそうです
しかし、女は呪いをするとして扱われていたそうです
いい憑き物がいるところには育ちがよく
悪い憑き物がいる所は拙くなってしまうとあります
その姿は蛇の姿をとっているというのが興味深いところで
占いを行う際にはその巫女は目がうつろになり
まるで別人になったかのような声を発します
その言葉は人の言葉ではくその憑いたものの言葉なので
時より聞いている人に分からないのです
そして、儀式が終わった時には
巫女本人は何が行われているのか覚えていなかったそうです
これはシャーマニズムの一つですね
蛇神の挨拶で
やあ、皆。我の名はZektbach。
通称Zektbach the possession。神留のゼクトだ。
と挨拶しているんですよね
http://www.konami.jp/bemani/popn/music18/mc/oriental_mythorogy/oriental_mythorogy.html
possessionは上記のように
他の人に体に乗り移ったタイプのシャーマンのこと言います
ニョアの手記97には
話が少しそれるが、人は何故昔から蛇を崇拝
もしくは、邪悪の象徴とするのか。
蛇は西洋では主に諸悪の根源とされ、
ニホンでは古代の女性蛇巫の存在が示すように
あらゆる祭事の根源となっている
とあるのでやはり気になるところ
リスタチアの歌詞
イタリア語でこう書かれています
Governa
Forze l'amina nostra
Nostro arme sono in tua nomine
ここの意訳が
支配されてた、我々の魂が
なずけられた個々の武器によって
となります
(イタリア語の翻訳が怪しいので、
誰か専門家の方お願いします)
男のギジリを歌った蛇神の歌詞に
なぜ女の術を使った形式があるのか
空船の遺跡の蛇
エンカムイの由来となったアイヌに蛇を乗り移る巫女の存在
Ristacciaの歌詞に「支配された」と歌う歌・・・
それぞれなにか繋がりを感じさせるヒントになるものがあるのに
何故かつながらないもどかしさ
個人的には蛇の巫女=ルエリシアであるような心地がします
あぁ、むずむずしますねw
早く本が欲しいものです!!!