島津久光と桂久武 | 自分が変われば未来が変わる!!

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Naohiro Aragane's Blog/荒金直宏Blog

「西郷どん」西郷隆盛は、なぜ明治維新の英雄となったのか? その源には「ふたりの上司」の存在があった! 幕末薩摩藩の敏腕リーダー・島津久光(しまづ・ひさみつ)と、西郷の親友で藩の重臣・桂久武(かつら・ひさたけ)だ。2人は「きびしい」と「あたたかい」、正反対の上司だった。西郷はこの2人にどのように叱咤(しった)激励されたのか。そして3人の行く末は…。西郷伝説に新たな光をあてる物語。

 

歴史秘話ヒストリアの良いところは、あまり注目されていない「桂久武」のような人物にスポットライトを当てる視野の広さである。桂久武の存在は知っていたものの、西郷の大きな影響を与えた一人とは考えていなかった。ゆえに、廃藩置県以降、。桂久武が農業に精を出し、西南戦争に担がれた西郷を必死に止めるものの、最後は、翻意し、西南戦争に従軍し、戦死した。桂久武はいかに西南戦争が無謀なことなのか理解していただろう。が、相手が大久保利通ということもまた、わずかな希望を持っていたはずだ。

 

一方、島津久光。西郷隆盛は斉彬に取り立てられ頭角を現した。が、西郷が最も活躍したのは斉彬の時代ではなく久光の時代。久光は西郷に対して厳しい一面があったものの、評価は適正だった。安政の大獄では西郷を匿い、幕政改革では西郷の登用し、再びチャンスを与えたものの、命令に背いた西郷を処分。この判断も適切だったと思う。

 

きっと、この二度目の島流しが西郷にとって、薩長同盟、倒幕、廃藩置県などの偉業を成し遂げた原動力になったのではないだろうか。西郷は陽明学に傾倒していたことで有名。西郷が久光に「お前は人望がないから無理だ」と発言したのは知行合一。僕が西郷の立場なら、絶対にそんなことは思っていても言わない。言えない。でも陽明学に傾倒している吉田松陰、橋本佐内、そして西郷は頭で考えている事と行動は常に一致しているので、嘘はつかない。それが時代を変えた男たちの生き方である。

 

大いに見習いたい。

 

で、西郷隆盛のひ孫である隆文さん、どことなく似てるなー。

西郷どんに出演したら面白そう。

 

メラメラ