青天を衝け、で描かれている川村恵十郎という人物。一橋家家臣、渋沢栄一の今があるのも、彼が渋沢を平岡円四郎に紹介したことに端を発する。その後、戊辰戦争後の慶喜の駿河謹慎まで従っている。
川村はその後、大蔵省に出仕している。これは栄一の人脈から、と考えるのが妥当であろう。そして、静岡で、栄一が商人も武士も対等であることを説いて、川村もそれに従い、刀ではなくソロバンを振るった。
円四郎を守ることができず、自らも重症を負った過去。そして主君である慶喜が朝敵になり、戦で命を燃やすこともできず、駿河にたどり着き、そこから刀を置いて「ソロバン」をはじく姿に、私の心は震えた。
結局のところ、優秀な人は何をやらせても優秀なのだ。もちろん、川村よりも早くソロバンを扱い計算できる商人はたくさんいるだろう。しかし、商売はソロバンだけではない。対人交渉等のコミュニケーション、教養、そして未来を読み解く力、これらが川村は長けていたのだろう。
晩年、川村は日光東照宮で禰宜を務めている。明治の時代になっても、やはり川村の心は徳川と共にあったのだろう。本当に、川村の生き方には胸を打たれる。
青天を衝け、は渋沢だけではなく、渋沢を支えた周りの人間関係にも注目したい。
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