妄想blです。
お嫌いな方はスルーで。
先輩からの電話は、やっぱり仕事の事だった。
明日が大安の日曜で、俺と先輩が担当したこじんまりとした平屋の棟上げが予定されている。
先輩は、その物件の基本的な全体の設計を担当していて、俺は構造と言われる建物の骨組みの設計を担当していた。
施主のご夫婦は、大工による切り出しを希望された、ここ最近では珍しい物件だ。
「松本、時間あるなら現場来ないか?」
「え?何かありましたか?」
設計でのミスがあれば、こんな言い方はされない。
棟梁や現場監督から、
今すぐ来い!
そう言われる。
「特別何かあるってわけじゃないんだけどな、珍しい現場だから勉強になると思って。無理ならいいよ、強制じゃないから。」
そう言われたら、まあ確かに珍しい現場だし、断る理由もない。
自分でも気になっていたのもあって、すぐに返事をして電話を切った。
車で行くと渋滞にハマりそうだったから、電車で最寄り駅まで行き、そこからタクシーを拾って現場に向かった。
「お疲れ様です!差し入れです!!」
途中のコンビニで買ったペットボトルが入った袋を高く掲げて、梁の上に居る棟梁に声を掛ける。
棟上げの前日、一番慌ただしいであろう今日に呼ばれた理由は、現場に着いてすぐに先輩が教えてくれた。
「この棟梁、すげぇ腕が良いんだよ。だけど、昔気質ってほどじゃないから、じっくり現場見せてくれるんだ。」
何度も打ち合わせをさせてもらったから、先輩のその言葉には納得できる。
そう大きくない工務店だけど、仕事は細かく丁寧で、穏やかな気性の棟梁はすごく話しやすい人だった。
「先輩すいません、俺自宅から来たんで、ヘルメット持ってきてないっす。」
会社には、現場に入る時の為に自分の名前と血液型が書かれた自分用のヘルメットが置いてある。
「あ、そうだよな。ちょっと待ってな。」
先輩は車から予備のヘルメットを出してくれた。
ジャケットを脱いでカバンと一緒に邪魔にならない場所に置いて、そのヘルメットを被りしっかりと顎紐を引いた。
「おー、まっつん来たか!」
日焼けした顔でそう笑った棟梁に、お疲れ様ですって返事をした。
この棟梁、アダ名を付けるのが好きみたいで、俺の事は「まっつん」って呼ぶ。
この仕事に就いてそんな人初めてだけど、でもそれが嫌な感じには聞こえない。
「どうっすか?気になるとこ有りますか?」
一番気になってるのは、
明日無事に棟上げが終わるか。
「んー、まぁボチボチかな。ちょこちょこ気になる部分はあるけどな。」
そう言って、棟梁は図面を取り出した。
棟梁の手の中の図面を覗き込む。
自分が書いたものだから、大体は覚えているけど、打ち合わせの時には気付かなかった何かがあるんだろう。
「ココと、あと何ヶ所か。もうちょい太い梁でも良かったかもな。」
指さされた箇所は、特別何かがあるわけじゃない部分だった。
「そうなんですか?」
イマイチ棟梁の言わんとする事が理解出来なくて、図面と現場を見比べる。
そんな俺に、棟梁はその理由をわかりやすく説明してくれた。
それは、確かに言われてみるとその通りで、無くても困らない、だけどある方がより良いって事だった。
「...なるほど。勉強になります。次から気を付けます。」
「おう!大工によっちゃいらねぇって言われるかもしれんが、そん時ゃ打ち合わせの時に削るだろうから。」
棟梁の言葉で、ハッとした。
現場では、図面に書かれていないものを勝手に取り付けるわけには行かない。
だからこそ、現場でないとわからない事もあるんだ。
そんなやり取りをいくつかして、あらかた今日の作業が終わったのを見届けてから現場を後にした。
先輩に駅まで送ってもらい、電車に乗ってからかずさんに連絡した。
『今から帰るよ。』
送ると直ぐに既読になって、返事が返ってきた。
『迎えに行く。どこまで行けばいい?』
『じゃあ、駅までいい?電車で行ったから。』
かずさんからの返事は、「了解」ってスタンプだけ。
それを確認して、スマホをポケットに仕舞った。
窓の外の流れていく景色を見ながら、ちょっと凹んでしまう。
今日、棟梁に言われた事は、少し考えれば思い至るものばかりだった。
無くても構わない、でも有ればより良い。
それは、その家を建てる施主様への思いに他ならない。
思わずため息が出る。
まだまだ勉強しなきゃな。
今日現場に入らせてもらえて、勉強させてもらえた事を受け止めながら
それでも凹んだ気持ちはなかなか浮上出来ないままに、俺が乗った電車は駅に滑り込んだ。