更新しました
朝は6:00から打ち合わせ記録がありましたが今回は夜の打ち合わせ
夜の21:30からの打ち合わせでした
普段は21:00就寝なので寝てる時間からの打ち合わせとだいぶサイクルずれましたが、、、
この時間の競合はやはりおらずしっかり打ち合わせに集中できました
夜よりはやはり朝が得意です
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朝は6:00から打ち合わせ記録がありましたが今回は夜の打ち合わせ
夜の21:30からの打ち合わせでした
普段は21:00就寝なので寝てる時間からの打ち合わせとだいぶサイクルずれましたが、、、
この時間の競合はやはりおらずしっかり打ち合わせに集中できました
夜よりはやはり朝が得意です
「人は必ず死ぬ。人生は一度しかない。そして、人はいつ死ぬかわからない。」
岡田武史監督が語っていた言葉です。
当たり前のことです。
人はいつか必ず死にます。
人生は一度しかありません。
そして、自分がいつ死ぬのかは誰にも分かりません。
しかし、普段生活していると、この当たり前のことを忘れてしまいます。
明日も普通に来る。
来年も普通に仕事をしている。
10年後も普通に生きている。
どこかで、そんな前提で生きています。
だから、「いつかやろう」「もう少し落ち着いてから」「そのうち挑戦しよう」と先延ばしにしてしまいます。
でも、本当は「いつか」が来る保証などありません。
そう考えると、もっと今を本気で生きないといけないなと思いました。
もちろん、好き勝手に生きるという意味ではありません。
仕事も本気でやる。
家族との時間も大切にする。
やりたいことには挑戦する。
会いたい人には会う。
そして、自分自身も成長し続ける。
未来のために努力しながら、今日という一日も大切にする。
結局、人生とは「今日」の積み重ねです。
今日を適当に生きながら、いつか素晴らしい人生になることはありません。
岡田監督の考え方をもっと知りたくなり、早速『岡田メソッド』を注文しました。
本が届いたら、じっくり読んでみようと思います。
人は必ず死ぬ。
人生は一度しかない。
そして、いつ死ぬかは分からない。
だからこそ、今日をもっと本気で生きる。
分かっていたつもりのことですが、改めて心に刻んでおきたいと思います。
歴史を学び直すと、ニュースの見え方が変わります
今朝の新聞を読んでいて、一つ勉強になりました。
米中首脳会談でトランプ大統領が、第二次世界大戦について「米国と中国はともに戦った」という趣旨の発言をしています。
しかし、ここには少し複雑な歴史があります。
第二次世界大戦当時、米国とともに日本と戦った中国の政府は、現在の「中華人民共和国」ではなく、蔣介石率いる「中華民国」でした。
日本が敗戦したのが1945年。
その後、中国では国民党と共産党による国共内戦が続き、1949年に毛沢東率いる中国共産党が「中華人民共和国」を建国しました。
そして蔣介石率いる中華民国政府は台湾へ移りました。
つまり、現在の中華人民共和国は第二次世界大戦当時には、まだ建国されていなかったのです。
恥ずかしながら、かくいう私も歴史を本格的に学び直したのはここ数年です。
「中華民国」と「中華人民共和国」の違いについても、以前はここまで明確に理解していませんでした。
おそらく、私と同じような日本人は結構多いのではないでしょうか。
学校では年号や出来事として習っていても、それが現在の台湾問題や中国、アメリカ、日本の関係にどうつながっているのかまでは、なかなか一本の線になりません。
ところが大人になって歴史を学び直してみると、今起きているニュースの見え方が変わってきます。
1937年の日中戦争。
1945年の日本の敗戦。
1949年の中華人民共和国成立。
こうして時系列でつなげていくだけでも、「なぜ台湾問題がこれほど複雑なのか」が少しずつ見えてきます。
今回のトランプ大統領の発言についても、単純に「歴史を知らない」と決めつける話ではないと思います。
当時の「中国」を指して発言したのであれば、米国と中国がともに日本と戦ったという説明そのものは間違いではありません。
ただ、「当時の中国とは誰だったのか」というところまで理解しておかないと、現在の中華人民共和国と中華民国の歴史がごちゃ混ぜになってしまいます。
歴史は、昔の出来事を暗記するためだけのものではありません。
「なぜ今こうなっているのか」を理解するために学ぶものなのだと思います。
私自身、40歳を過ぎてから改めて歴史を勉強していますが、知らなかったことが本当にたくさんあります。
しかし、それでいいのだと思います。
何歳になっても、知らなかったことを知ればいい。
過去を知れば、現在が見えてきます。
そして現在が見えてくれば、新聞の記事一つを読んでも、その向こう側にあるものまで少しずつ見えるようになります。
これが、大人になってから歴史を学び直す面白さなのかもしれません。
最近、バーピーを1日3回やるようにしています。
始めてちょうど1週間くらい。
正直、きついです(笑)
たった数回でも、スクワットして、腕立ての姿勢になって、また立ち上がる。これを繰り返すと心拍数が一気に上がります。
しかも私は、まとめてやるのではなく、仕事の合間などに分けて1日3回。
「これくらいなら続けられるだろう」と思って始めましたが、意外と効きます。
そしてまだ1週間ですが、少し効果が出てきた気がしています。
身体が軽くなったというか、動くことへの抵抗が減ってきました。
バーピーのいいところは、短時間で全身を使うこと。
脚だけでもない。
腕だけでもない。
心肺機能だけでもない。
全身を一気に動かすので、わずかな時間でも「運動した感」がかなりあります。
何より気に入っているのが、言い訳ができないこと。
ジムに行く必要もない。
道具もいらない。
着替える必要すらない。
会社でも家でも、ちょっとしたスペースがあればできます。
健康のために一番大事なのは、完璧な運動メニューを作ることではなく、続けることだと思います。
「今日は忙しいから1時間運動できない」
そう考えると何もしなくなります。
でも、
「数分ならできる」
これなら毎日できます。
まだ始めて1週間。
きついのは相変わらずですが、この「ちょっときつい」が身体にはいい刺激になっている気がします。
まずは1ヶ月。
身体がどう変わるのか、自分自身で実験してみようと思います。
結局、健康も仕事も同じです。
大きなことを一度やるより、小さなことを毎日続ける。
その積み重ねが、いつの間にか大きな差になるのだと思います。
一年ぶりに日本一のサウナと称される御船山楽園に行ってきました
部屋について早速個室露天風呂
で一杯
前回の反省を踏まえて朝夜で入れ替わる男女二種類のずつの合計6種類のサウナと水風呂路を制覇するために今回は最速の3時にチェックイン
サウナ後の夕食はまた格別
皆様もぜひ、特におすすめは薪サウナです
また日銀が利上げしました。
政策金利を1.0%から1.25%へ引き上げ。
私は今回の利上げ、かなり疑問です。
そもそも日銀の物価安定目標は2%です。
ところが8月のコアCPIは1.7%。
前月の1.8%からさらに下がっています。
生鮮食品とエネルギーを除いた指数も1.9%。
つまり、まだ2%を超えていません。
ではなぜ利上げするのか。
今回の日銀の説明を簡単にすると、
「今は2%を超えていないけど、これから超えるリスクがあるから先に利上げする」
ということです。
これ、私はかなり危ない判断だと思います。
実際に物価が上がり過ぎているからではなく、
上がるかもしれないから先にブレーキを踏む。
予測が当たればいいですが、外れれば住宅ローン、企業融資、設備投資、個人消費まで冷やしてしまいます。
しかも、これまで利上げの理由の一つとして意識されてきたのが円安です。
円安
↓
輸入物価上昇
↓
国内物価上昇
だから利上げする。
ところが今回、1.25%へ利上げした後、円は一時1ドル158円台まで円安になりました。
円安を警戒して利上げしたのに、円安。
もちろん為替は日銀だけで決まりません。
しかし少なくとも「利上げすれば円安が止まる」という単純な話ではなかったことは分かります。
さらに利上げを続ければ、長期金利にも上昇圧力がかかります。
長期金利が上がれば住宅ローン金利も上がる。
企業の借入負担も増える。
国債の借り換えが進めば国の利払い負担も増える。
不動産の現場では特に深刻です。
住宅ローン金利が上がれば、お客様が買える住宅価格そのものが下がります。
そして今回もう一つ気になるのが、アメリカのベッセント財務長官が日本の利上げを促してきたことです。
これはベッセント氏が悪いという話ではありません。
アメリカの財務長官なのだから、アメリカの国益を考えるのは当然です。
問題は日本側です。
もちろん「アメリカに言われたから日銀が利上げした」と断定できる証拠はありません。
ただ、日本銀行なのだから、何より日本経済を見て判断してほしい。
コアCPIは1.7%まで低下。
基調的な物価もまだ2%未満。
それでも将来のインフレを心配して利上げ。
円安は止まらない。
その一方で長期金利や住宅ローンには上昇圧力。
こう並べると、
何のための利上げなの?
と思ってしまいます。
2006~2007年にも日銀は「金融政策の正常化」を進め、ゼロ金利を解除して利上げしました。
その後、結局は利下げへ逆回転しています。
もちろん今回と当時は同じではありません。
ただ、景気が十分強くなる前に「正常化」を急ぐという点は気になります。
今回の日銀の判断が正しかったかは、これから分かります。
本当に物価が2%を超えていけば、早めの利上げは正しかったとなるでしょう。
逆に物価が1%台のまま、住宅投資や設備投資、個人消費まで弱くなったら、
「また日銀が景気を冷やした」
ということになります。
経済政策は理屈より結果です。
今回の利上げ。
私はかなり心配しています。
不動産業者間のPM会ゴルフコンペに参加しました
場所は太宰府ゴルフクラブ
減税しても「財政不安」――新聞は何を伝えたいのか
最近の新聞を読んでいると、どうにも違和感があります。
政府が食料品の消費税を8%から1%へ引き下げる。
普通に考えれば、まず大きく伝えるべきは「家計の負担がどれだけ減るのか」「物価高にどの程度効果があるのか」でしょう。
ところが紙面で大きく扱われるのは、
「財政の信認」
「財源はどうする」
「国債市場が警戒」
といった話です。
もちろん、財政への影響を検証するのは報道機関の大切な仕事です。
しかし問題は、国債の長期金利が上昇している原因まで、財政不安と強く結びつけて報じていることです。
現在の長期金利上昇には、日銀の利上げとさらなる利上げ観測、インフレ、海外金利の上昇、国債需給、そして財政への懸念など、複数の要因があります。
私がAIにも尋ねてみたところ、厳密な統計的分解ではないものの、日銀の利上げ・利上げ観測を最大の要因とし、財政懸念は複数ある要因の一つという分析でした。
ところが新聞を読むと、
「減税・積極財政」
↓
「財政不安」
↓
「長期金利上昇」
という物語が前面に出てくる。
では、なぜ日銀の利上げは同じくらい大きく扱わないのでしょうか。
ここに私は違和感を覚えます。
事実ではないことを書いているわけではありません。
しかし、事実にはたくさんの側面があります。
その中から「財政不安」という事実を大きく取り上げ、減税による家計への恩恵や金融政策による金利上昇を相対的に小さく扱えば、読者には「この政権の経済政策は危険なのではないか」という印象が残ります。
私は以前から、「一部の事実を伝えること」と「全体の真実を伝えること」は違うと思っています。
政府を批判するのは新聞の役割です。
しかし同じように、政府の政策によるプラスの効果も、日銀の金融政策の影響も、世界的な金利上昇も伝えるべきでしょう。
政権に厳しい論調を持つ新聞があっても構いません。
ただ、支持率を下げることが目的なのではないか、と読者に疑われるほど一方向の材料ばかりを強調するなら、新聞自身が信頼を失ってしまいます。
批判することと、偏って伝えることは違う。
新聞には政権を監視する力が必要です。
だからこそ、その力は一つの結論へ読者を誘導するためではなく、様々な事実を並べ、最後の判断を読者自身に委ねるために使ってほしいと思います。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
江戸時代、佐賀藩の武士・山本常朝の言葉として知られ、『葉隠』に記されています。
一見すると「武士は死を恐れるな」という過激な言葉に聞こえます。しかし私は、この言葉は死をすすめているのではなく、**「損得や恐怖を捨てて、覚悟を決めろ」**という教えだと思っています。
そして、この考え方は日本に昔から伝わる、いくつかの言葉ともつながっています。
「可愛い子には旅をさせろ」
昔の旅は、今のような楽しい旅行ではありません。危険も不便もある。それでも、可愛い子どもだからこそ外へ出し、苦労させる。
なぜなら、目の前の苦労を親がすべて取り除いてしまえば、子どもが自分で生きる力まで奪ってしまうからです。
これは、
「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」
にも通じます。
目先で優しくすることが、本当に相手のためになるとは限らない。逆に、本当に相手の将来を考えてすることは、その瞬間には冷たく、厳しく、時には非情にさえ見える。
会社経営でも同じです。
部下が失敗しないように社長が何でも先回りして助ける。一見すると優しい。しかし、それではいつまでたっても本人は成長しません。
任せる。失敗させる。考えさせる。
嫌われるかもしれない。それでも必要なことを言う。
それが長い目で見れば、本当の優しさになることがあります。
そして私は普段から、
「好きなことと嫌なことなら、嫌なことを選べ」
とも言っています。
もちろん「嫌なことなら何でも正しい」という意味ではありません。
本当はやるべきだと分かっている。しかし、面倒だからやりたくない。怖いから逃げたい。楽な方へ行きたい。
そんな二択なら、あえて嫌な方を選ぶ。
営業なら、電話したくない。厳しい話をしたくない。数字を直視したくない。
しかし、そういう「嫌なこと」の向こう側にこそ、成長や成果があることが多い。
つまり、
「可愛い子には旅をさせろ」は、苦労を避けさせない。
「大善は非情に似たり」は、目先の優しさだけで判断しない。
「好きなことと嫌なことなら嫌なことを選べ」は、楽な方へ逃げようとする自分に勝つ。
そして、
「武士道とは死ぬことと見つけたり」は、自分の損得や恐怖への執着を捨て、覚悟を決める。
時代も言葉も違いますが、私にはすべて一本の筋でつながっているように思えます。
目先の「楽・得・優しさ」ではなく、その先にある「成長・責任・本当に大切なもの」で判断する。
人間は放っておけば、楽な方へ流れます。
だからこそ、あえて厳しい方を選ぶ。
それは苦労そのものを美徳とすることではありません。
自分の弱さが逃げようとしているとき、その弱さに負けない。
昔の言葉で言えば「克己」です。
そして、その覚悟を究極まで突き詰めた言葉が、
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
なのではないでしょうか。
死ぬための武士道ではない。
どう生きるかを決めるための武士道。
私はそんな言葉として受け取っています。
沖縄県知事選で、古謝玄太氏が現職の玉城デニー氏を破り、初当選しました。
今回の結果を見て、改めて感じたことがあります。
「理想だけでは飯は食えない」
昔の私は、なんとなく「リベラル=革新=新しいことをする人」「保守=古い考えに固執する人」というイメージを持っていました。
しかし、政治や経済を勉強するほど、その見方は少し変わってきました。
もちろん一概には言えませんが、リベラルは「社会はこうあるべきだ」という理念を重視する傾向があり、保守は「現実の社会をどう動かすか」「今ある制度や経験をどう生かすか」を重視する傾向があります。
今回の沖縄県知事選は、その違いが非常に分かりやすく表れた選挙だったように思います。
玉城デニー氏は辺野古移設反対や平和を強く訴えてきました。
一方、古謝氏は辺野古移設について現実的な解決を訴えながら、「県民所得を10年で倍増させる」と経済政策を前面に出しました。
平和はもちろん大切です。
理想を持つことも大切です。
しかし、物価が上がり、生活が苦しくなっているとき、有権者が求めるものはより現実的になります。
「給料は上がるのか」
「仕事は増えるのか」
「子どもたちの生活は良くなるのか」
「沖縄の経済は成長するのか」
結局、政治は生活そのものです。
これは一つの仮説ですが、平和で景気が良く、社会に余裕がある時代には、人々は理念や権利、環境などに目を向けやすい。
逆に景気が悪くなり、世界情勢も不安定になると、安全保障や経済、雇用といった「現実」に目が向く。
だからこそ、今のような時代には保守的、現実的な政治が支持されやすくなるのかもしれません。
もちろん、リベラルが悪くて保守が正しい、という単純な話ではありません。
理想がなければ社会は進歩しません。
しかし、現実を無視した理想も長続きしません。
理想という目的地を持ちながら、現実という道路を走る。
政治に必要なのは、その両方なのだと思います。
今回の沖縄県知事選は、有権者が「理念だけではなく、まず現実の生活を前に進めてほしい」と判断した選挙だったのではないでしょうか。
古謝氏が掲げた政策が本当に実現できるのか。
選挙で示した「現実路線」が結果につながるのか。
ここからが本当の評価になります。