空手の「カタ」は「形」か「型」か、その意義を理解し稽古に活かす | 中山隆嗣の「活殺自在」

中山隆嗣の「活殺自在」

武道と癒しを中心に、生き方、日々のことを綴ります。

テーマ:

 稽古再開の前のブログでは空手道の基本的な認識をテーマにブログを綴っていましたが、そこでは「突き」・「蹴り」・「受け」・「打ち」についてお話ししてきました。


 それぞれのテーマについて、もっとお話ししたいことがあり、きちんと書くとそれだけで1冊の本になるくらいになると思われます。


 当然ブログで扱える分量ではありませんし、もしこのことを書くとなると、書籍として企画することになります。それがどれくらいの読者の方の興味を引くかは分かりませんので、企画出版としては難しいかもしれません。テキストのような形式で出版する方法もありますので、必要と考えればいろいろな方向性で考えてみたいと思います。


 ところで今日は、タイトルにもあるように「カタ」がテーマになります。これもそれだけで1冊以上の書籍になる分量であり、やはりブログのテーマとしては不適です。


 でも、そのさわりくらいは可能ですので、今日はその意識で綴っていきたいと思います。先日から書いているように、最近は新型コロナウイルスにおかげで通常稽古ができず、これまで書いてきたような感じでは綴れない日が続きました。だからこそ、稽古という視点ではないところから空手道のことを書いているわけですが、その中でも「カタ」に対する認識は重要です。


 その際、タイトルにもあるように、その表記は「(かた)」という場合もありますし、「」とする流派もあります。


 その違いについては各流派の考え方がありますので、それについてどうこう述べるつもりはありません。それぞれの流派での考え方ですから、読者の皆様はそれぞれ所属される流派の考えに沿って理解していただければ良いのでは思っています。


 ただ、そうなると今日のテーマでは「形」と「型」、いずれの表現するかの問題が生じ、またあえてこういうことをテーマにした意義が薄れてくると思います。


 そこで私見として今日のテーマについて綴っていくことにしますが、私は「型」から「形」に昇華する、という考え方を持っています。


 空手道の解説書の中にもその点について説明されているものがありますが、「型」という漢字の場合、「鋳型」という熟語で使用されているように一挙手一等足、教わった通りに行なうという具合に、縛りが大きい意味で用いられます


 そこには先人の血と汗の結晶をみだりに改変してはならない、という思いから、といった理由が付されることが多くなりますが、技の基本を乱さないため、という視点からも同意できるところです。


 一方「形」の場合、変化を含む「カタ」との認識があり、いくら基本がこうだからといっても、実戦ではいろいろな多様性が要求されると、また各人に肉体的な個性が念頭になければ、融通性のない、死んだ動作になる懸念がある、という話を見かけます。


 実戦の多様な変化を意識する場合、その要素を「カタ」にも求めるとすれば、この主張も理解できます。


 そこで私が考える「カタ」のことですが、改めて「型」から「形」に変化する、という認識を再登場させたいと思います。


 武術の世界には「守破離」という言葉がありますが、」という段階では教えの通りに行なうことが大切とされており、そこには一切の改変を認めないことになります。師からの教えを忠実に守り、それはそのまま後世に伝えるまでの使命感まで意識することが大切であり、私もこの点は大いに賛成し、実践しているつもりです。


 しかし、自身のことになれば、技にいろいろな個性が生じてくることは経験していますし、それ故に各自の得意技ということもできてきます。どの技も画一的なものになれば、特徴のない画一的な動きになり、得意・不得意とそれによる効果の違いというのも生じにくいでしょう。


 だからこそ、武術の世界では「」や「」という段階も想定してあるわけで、そこは「守」とは異なる次元であり、個性の存在が必要になります。


 このことを「カタ」という表現に当てはめて考えたのが「型」から「形」へという進化であり、私の理解です。


 その場合、「形」として表現されることでも、その修行者のレベルによっては「型」として稽古することが要求され、その上で「形」に昇華していくことになる、という認識です。あくまでも基本からスタートするという認識は不可欠であるという前提をベースに、「形」として表記してある存在については各人の個性が生かされたものでなければならない、という考え方です。


 その際、きちんと伝承すべき部分はしっかり残し、その上で個性を活かした「形」の存在があり、それはその人自身の「形」になる、ということです。


 ただ、そこまでになるには相当の時間を有すると考えており、生涯続けることを条件にしない限り、「型」の段階で止まってしまう、と考えています。そのことを数字で表すことはできませんが、誤解を恐れずに言うならば、「形」への昇華には数十年という単位が必要と考えます。ですから、それまでは「形」への昇華の部分を含みながら「型」に徹することが肝要と理解しています。


 今までお話ししたことを前提に千唐流のことをお話ししますと、稽古体系としては基本から「基本動作(きほんどうさ)」そして「基本型(きほんかた)」、「形」へと進んでいきます。これが教授順序になっていますが、千唐流では「型」から「形」に続いていることがお分かりになると思います。


 ただ、前述の通り、たとえ「形」と表記してあっても、最初は「型」として稽古し、その上で個性を加味して自身の「形」へと昇華する、という意識をきちんと持たなくてはなりません。


 その前提で、稽古の際の初動作について見てみると、やはり違いがあります。そこに体系としての段階の違いが表わされていますが、「基本動作」と「基本型」については同じ動作からスタートします。


用意(型)  その時の様子を左のイラストに表わしていますが、「用意」という号令に合わせ、左足を横に開き、「内八字立ち(うちはちじだち)」になります


 立ち方が極まると同時に両拳を腰に引き、この状態が「基本動作」・「基本型」に共通する「用意」になります。


 ここからそれぞれの動作がスタートすることになりますが、軽い気持ちでこの状態になるのではなく、「用意」にふさわしいクオリティが要求されます。


 初学者の場合、口頭で説明してもなかなかのイメージになることは難しいのですが、上級者の場合、この動作だけでも質感の違いを表現することが大切です。


 それは立ち方に関係する下肢の締めとそれに連動して骨盤を動かし、それが丹田の状態に影響している、ということが客観的に見えなければなりません。


 もちろん、そのためには見る側もきちんとした武術家としての眼が必要であり、漠然としてしか見ていないようであれば指導者としては失格です。


 こういう眼力の養成は指導する側だからこそ養成しやすく、こうして養った眼は相手の実力の評価にも役立ち相手によっては時代劇や時代小説に出てくるような「お主、できるな!」という言葉も思わず出てくるかもしれません


 実際にそう感じても口にすることはないでしょうが、相手の力量を図るだけの眼力も「見えない技」の一つであり、その点を練ることも武術としては必要なことです。


 では、これは指導する立場だけが修練できることなのかというと、そういうわけではありません。


 組手の際には顕著に感じるかもしれませんが、基本稽古の際にも周りの様子を観察し、他の人の力量を測ることは十分可能です。


 むしろ、そのような意識を持つことが大切であり、「型」として行なう稽古の際にも、そのような発展形のクオリティを有するイメージがあれば、同じ稽古時間でもその効果は倍増することになります。


用意(形)











 今度は「形」の場合の初動作の様子を表わしましたが、まずは結び立ち(むすびだち)」で両上肢は「開手(かいしゅ)」の状態で体側に付けます


 そこから左足を横に開きつつ「外八字立ち(そとはちじだち)」になり、両手は頭上のほうに動かします


 額の前付近で両手を交差させますが、この時右手は「正拳(せいけん)」、左手はそれを包むような感じになります。


 そこまでの動作の際に息を吸い、交叉した両手を正中線に沿って丹田付近の高さまで下ろす際に息をゆっくり吐きます


 「型」の場合と動作が異なりますが、ここでのイメージは外界の「気」を自身の「気」として丹田に納めるつもりで行なうことが大切で、それが両上肢の動きであり、その際に呼吸を意識してもらう理由となります。


 東洋思想の中で「気」という存在は、具体的なエネルギーであり、それは意念を含めたものであり、物理的に測定できるようなものでありません。だからこそ認識するのが難しいところもありますが、ここはそういう存在を感じ、自身で操る意識で行なうことが必要であり、自身の想像力が大切になります。それはそのまま自身の身体操作にも大きく関与してくることになりますので、そのつもりで稽古を続けることが大切です。


 「形」はそういうエネルギーをきちんと蓄えた上でその使い方を教授するための存在と理解し、ここで蓄えたものをそれぞれの技で活用するくらいのイメージングが必要になります。


 そしてそういう活用をイメージして稽古を続ける中で、少しずつ技の使い方に個性が芽生えてくるように意識し、「型」から「形」の昇華を図っていければと期待します。







 ▼活殺自在塾公式HP
 (活殺自在塾のHPは上記をクリック)

   ※武術の修行と生活の両立を図るプログラムで塾生募集中


 ※活殺自在DVD第1巻「点の武術」、大好評発売中!

   アマゾンでも販売を開始しました。

   神保町(東京)の「書泉グランデ」でも販売しています。

   ユーチューブにダイジェスト映像 http://youtu.be/e5CUX-zn9Zk


 ※活殺自在DVD第2巻「極意の立ち方」、発売開始!

   アマゾンでも発売開始しました。

   神保町(東京)の「書泉グランデ」でも販売しています。

   ユーチューブにダイジェスト映像 http://youtu.be/FGwnVXcgCBw



活殺自在DVDシリーズ第2巻「極意の立ち方」/中山隆嗣,道田誠一

¥5,940

Amazon.co.jp


活殺自在DVDシリーズ第1巻 「点の武術」/中山隆嗣,道田誠一

¥4,860
Amazon.co.jp 
 
 秘めたパワーを出す、伝統の身体技法 だから、空手は強い!/中山隆嗣
  
¥1,512
Amazon.co.jp
 東洋医学と武術でカラダを変える 空手トレ! 強くなる鍛え方 [DVD]/中山隆嗣
  
¥5,400
Amazon.co.jp