お散歩ナビゲーター小島信康です。
今回は7月11日に開催した東京お散歩教室「再訪+α 東京テレポート~泉岳寺散歩」の様子を簡単にご紹介します。
出発は東京テレポート駅から。
まずは、実物大ユニコーンガンダム立像へ。
実物大ユニコーンガンダム立像は、江東区青海1丁目、ダイバーシティ東京プラザ前のフェスティバル広場に平成29年(2017)9月24日から展示されている新しいガンダム立像。
『機動戦士ガンダムUC』は、『機動戦士ガンダム』から続く宇宙世紀を舞台とした物語の新章。
作家·福井晴敏による同名小説を平成22年(2010)から株式会社サンライズが映像化したアニメーション作品で、立像は全高19.7m、重量は49tあります。
また、ユニコーンモードからデストロイモードへの変身もでき、角の開閉、顔のモード変更、肩・腰・膝パーツの展開、サイコフレームの発光などが可能な限り再現されています。
実物大ユニコーンガンダム立像を見た後は、ダイバーシティ東京プラザに行って、おやつ・お土産購入タイム。
ダイバーシティ東京プラザでは、フリータイムを設けて、各々気になったお店で商品を購入。
お買い物タイムの次は、自由の女神像へ。
自由の女神像は、港区台場1丁目に立つ、フランス政府公認の自由の女神像のレプリカ像。
レプリカ像完成までの経緯は、まず「日本におけるフランス年」事業の一環として、パリの自由の女神像が1998年4月~1999年1月までの間、お台場海浜公園に初の海外公開として設置されました。
その優美な姿は日仏友好のシンボルとして多くの人々に愛され、フランスへの帰国が近づくにともない、復刻像の再建を望む声が強まりました。
そうした背景のもと、フジテレビと臨海副都心まちづくり協議会・二つの自由の像設置委員会が中心となって、復刻像の制作案をまとめ、オリジナル像所有者であるパリ市に申請。
日本におけるフランス年実行委員会、駐日フランス大使館の協力を得て、1999年3月、パリ市からの正式許可を受け、フランスに帰った「自由の女神像」の型取りが開始されました。
そして、2000年10月に完全復刻像が完成し、同年12月22日、お台場の自由の女神像が序幕されました。
自由の女神像の次は、アクアシティお台場へ。
アクアシティお台場は、港区台場1丁目にある、140店舗以上に及ぶショップやレストランなどで構成されている大型ショッピングセンター。
開業は平成12年(2000)4月で、運営は三菱地所プロパティマネジメント株式会社が行なっています。
施設はお台場海浜公園に隣接し、お台場を代表する商業スポットとして人気を集めています。
アクアシティお台場の次は、お台場海浜公園へ。
お台場海浜公園は、港区台場1丁目にある、旧防波堤と台場公園に囲まれた入り江を利用した東京都港湾局所管の海浜公園。
かつては貯木場でしたが、昭和40年代から公園としての整備が進み、昭和50年(1975)に開園。
平成8年(1996)にリニューアルして、現在のような形になりました。
園内には、神津島の砂を使用した人工の砂浜「おだいばビーチ」や、釣りができる磯浜があります。
お台場海浜公園の次は、台場公園へ。
台場公園は、港区台場1丁目にある都立公園。
ペリーの黒船来航に備えて東京湾上に作られた、第三台場(1854年完成)を利用して、昭和3年(1928)に開園しました。
お台場海浜公園から続く、東京湾に突き出た公園で、形は1辺が160mの正方形。
周囲は高さ5m~7mほどの石垣に囲まれ、その上に土手が築かれ、中央部分は低い窪地になっています。
北側には石組みの船着場跡があり、窪地には陣屋跡や弾薬庫跡などがあります。
この日は、台場公園の陣屋跡で記念写真。
皆さん、撮影ご協力有難うございました。
台場公園の次は、レインボーブリッジへ。
レインボーブリッジは、港区芝浦地区とお台場地区(港区台場及び江東区有明)を結ぶ吊り橋。
都心と開発が進む臨海副都心を結ぶことを目的として、昭和62年(1987)に着工、平成5年(1993)に竣工し、同年8月26日に開通しました。
橋長は798m、幅は49mで、塔高は126m、橋桁高は52mあり、「レインボーブリッジ」という名前は、一般公募により決められたもので、正式名称は「首都高速11号台場線・東京港連絡橋(臨港道路)」。
橋は上下2層構造になっており、上層は首都高速11号台場線、下層には中央部に新交通システムゆりかもめ、その両側に一般道路東京都道482号台場青海線が通っています。
また、下層の両外側には歩道があり、歩いて渡ることもできます。
レインボーブリッジに着いたところで、レインボープロムナードへ。
レインボープロムナードは、レインボーブリッジ下層の東京都道482号台場青海線の歩道のこと。
通行可能時間は、4~10月が9:00~21:00、11~3月が10:00~18:00(最終入場は30分前まで)。
毎月第3月曜日(祝祭日に当たるときは翌日)、年末年始、強風時は通行できません。
コースは、東京都心や晴海・豊洲地区を望む「ノースルート」と、東京湾・お台場を望む「サウスルート」があります。
ただ、橋上では台場寄りのP31橋脚にある通路を除き車道横断はできず、また自転車は進入禁止のため、専用の貸し出し台車に乗せて手押しで通行するか、輪行袋などに収納して、荷物として携帯することになっています。
ちなみに、平成12年(2000)3月までは有料(大人300円・中学生100円)でしたが、以降は無料になりました。
レインボープロムナードのサウスルートを歩き、橋を渡り切った後は、高輪橋架道橋下区道へ。
高輪橋架道橋下区道は、港区の高輪橋架道橋下を通る高輪地区と港南地区を結ぶ区道。
明治初期、この地域は海で新橋~横浜間に鉄道が開通したとき、当時の海岸線から50mほど沖合に高輪築堤を築き、そこに線路を敷設。
高輪橋架道橋は運河から海へと出る水路があった名残で、後年海側も埋め立てが進んで、人や車が行き来するガードになりました。
そして、令和2年(2020)4月12日~令和14年(2032)3月まで(予定)、高輪ゲートウェイ駅を中核とした周辺地区の「TAKANAWA GATEWAY CITY」の開発に伴い車道が閉鎖。
架道橋道の北側に並行するように新放水路のパイプカルバートが敷設されたことをうけ、令和5年(2023)10月19日より架道橋の南側壁裏を抜けていた暗渠放水路を道路に切り替えました。
これにより高輪橋架道橋の旧路は全て撤去。
なお、放水路跡通路は高さが約2.6mあり、壁の上半分をセメント補強で白塗りし、新たに白色灯照明も設置されたことにより、旧道時代のような圧迫感は軽減。
歩行者・自転車のみ通行可となっています。
なお、この放水路も架道橋下道同様、高輪築堤に伴う旧水路を活かしたもので、壁面に石垣構造を見ることができます。
高輪橋架道橋下区道の次は、MoN Takanawa: The Museum of Narrativesへ。
MoN Takanawa: The Museum of Narrativesは、港区のTAKANAWA GATEWAY CITY内に令和8年(2026)3月28日にオープンした文化の実験的ミュージアム。
一般財団法人JR東日本文化創造財団が運営し、建築家·隈研吾が外装デザインを担当。
施設のコンセプトは「100年先へ文化をつなぐ」で、伝統、アート、テクノロジーを掛け合わせ、多様な物語(ナラティブ)を紡ぎ出す、国際的な文化発信・創造の拠点であり、建築とデザインは木材をふんだんに使用した流麗な螺旋状の外観が特徴。
「都市の中に緑の丘をつくる」というコンセプトに基づいています。
また、その美しさとサステナビリティが評価され、ユネスコなどが主催する世界的建築賞「Prix Versailles(ベルサイユ賞)」の世界で最も美しいミュージアムにも選出されました。
さらに、体験型プログラムとして、年に2回の「テーマ(問い)」を掲げ、地下3階から地上6階の館内にある、全面LEDパネルのシアター空間(Box1000)や約100畳の畳エリア、テラスなどを駆使し、分野を横断する多彩な展覧会やライブパフォーマンスを展開しています。
MoN Takanawa: The Museum of Narrativesの次は、高輪大木戸跡へ。
高輪大木戸跡は、港区高輪2丁目に所在する国の史跡。
大木戸とは、江戸時代、街道上の江戸内外の境界に設けられた簡易な関所のこと。
高輪大木戸は、宝永7年(1710)に芝口門に造られたのが起源で、享保9年(1724)に現在地に移設。
江戸の南の入口として、道幅約六間(約10m)の旧東海道の両側に石垣を築き、夜間は閉めて通行止めとし、治安の維持と交通規制の機能を果たしていました。
そして、天和2年(1682)には、札の辻(現在の港区芝5-29-16)から、高札場も移されました。
旅人の送迎もここで行われ、付近には茶屋もありましたが、江戸時代後期には木戸の設備は廃止され、現在は、幅5.4m、長さ7.3m、高さ3.6mの石垣のみが残されています。
こんなふうにあちこち巡って、泉岳寺駅でお散歩は終了。
その後、有志のメンバーさんと「てらけん本家 泉岳寺駅前店」で懇親会を開いて、解散となりました。
ご参加くださいました皆様、誠に有難うございました。
それでは、またの機会にどうぞよろしくお願いいたします。
東京お散歩教室




































































































































