東京散歩道

東京散歩道

「東京お散歩教室」主宰、小島信康が綴る身近な街の素敵発見探訪記。

東京お散歩教室は、首都圏の隠れた名所や穴場観光地、地元の名物などを紹介している、1人参加が中心の少人数制の街歩きの会。身近な街をお散歩して新たな発見とストレス解消をご提供するほか、趣味の仲間作りの場にもなっています。

お散歩ナビゲーター 小島信康です。

 

今回は東京お散歩教室「第172回 下赤塚~東武練馬散歩」のご案内です。

 

第172回は、板橋区から練馬区にかけて点在する、暗渠・ユニークな公園・日本庭園・古民家・神社・寺院・富士塚などと板橋区徳丸1丁目にある、まるで迷路のような極細路地や情緒あふれる坂道スポットを訪ねます。

 

コースは下記の通りです。
≪下赤塚駅~前谷津川緑道~水車公園~旧粕谷家住宅~徳丸北野神社~昆虫公園~中尾観音堂~中尾不動尊~北町浅間神社~北町観音堂~東武練馬駅≫

 

その他、日程・時間・参加費等、詳細は教室ホームページをご覧ください。

 

 

途中のおやつや、お土産購入も楽しみの一つ。

 

 

東京お散歩教室は、密に気をつけながら、歩いて街の見どころを巡る、少人数制の大人の遠足。

 

参加者ほぼ全員がおひとりさまで、一人では入りにくい施設や穴場観光地などをみんなで訪ねたり、寺社をお参りしたりしています。

 

「街歩き」「タウンウォッチング」「健康」「ストレス解消」「穴場観光」「風景写真」などにご興味をお持ちの方、初めての方は参加費500円(資料付)です。

 

皆様、是非ご検討なさってみてください。

 

東京お散歩教室

http://tokyo-osampo.com

お散歩ナビゲーター小島信康です。

 

今回は只今開催中の東京お散歩教室「夏企画 両国~浅草散歩」の初日の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は夕方の両国駅から。

 

まずは、両国橋へ。

 

 

両国橋は、中央区東日本橋と墨田区両国を結ぶ隅田川に架かる橋で、明暦の大火(1657)後、江戸の市街地拡大のため本所・深川を開き、万治2年(1659)に架橋されたのが始まりです(1661年架橋とも)。

初め「大橋」と名付けられましたが、隅田川が当時、武蔵と下総両国の境界であったことから両国橋と呼ばれ、後に正式に両国橋と改められました。

その後、数度の火災、水害で修改築し、明治37年(1904)に鉄橋に架け換えられ、昭和7年(1932)に桁橋に改修されたものが現在の両国橋。

東京都選定歴史的建造物に選定されています。

 

 

場所柄、柵に軍配が施されていたり、土俵型のテラスがあったりと凝ったつくりをしています。

 

 

橋上からの眺めを愛でた後は、柳橋へ。

 

 

柳橋は、神田川が隅田川に流入する河口部に位置し、中央区東日本橋と台東区柳橋を結んでいる橋。

最初の架橋は元禄11年(1698)で、昔、一帯は隅田川の船遊び客の船宿が多く、花街として賑わい、柳橋芸者が有名でした。

橋は明治20年(1887)に鋼鉄橋になりますが、関東大震災で焼失。

現在の橋は永代橋のデザインを採り入れ、昭和4年(1929)に完成。

中央区の区民有形文化財に登録されています。

 

 

こちらでは、多数の屋形船が停泊する神田川の様子を見てから、浅草橋へ。

 

 

浅草橋は、神田川に架かる橋で、中央区日本橋馬喰町と台東区浅草橋を結んでいます。

江戸城の見附「浅草御門」設置の際、見附橋として架けられたのが始まりとされていますが、架橋の正確な年代はわかっていません。

現在の浅草橋は、昭和5年(1930)に関東大震災の復興事業として建設。

浅草橋周辺は古くから問屋街として栄え、今では人形やビーズアクセサリー、雑貨、店舗用品等を取り扱う店が建ち並び、賑わいを見せています。

 


 

浅草橋の橋上から、柳橋を振り返り、銀杏岡八幡神社へ。

 

 

途中、「鳴門鯛焼本舗 浅草橋店」に立ち寄って、おやつタイム。

 

 

銀杏岡八幡神社は、台東区浅草橋1丁目に鎮座する、誉田別命(応神天皇)と武内宿祢命を御祭神として祀る神社。

由緒は、源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、小高い丘だった当地に銀杏の枝が川上より流れてきました。

その枝を丘の上に挿して戦勝を祈願し、奥州平定の帰途、成長した銀杏の木に神恩を感じ、康平5年(1062)に源氏の氏神である八幡様を勧請して創建したと伝えられています。

そして、江戸時代に入ると、当地は福井藩松平家の屋敷地となり、邸内社として祀られますが、享保10年(1725)に土地が接収され、屋敷の跡地は福井町という町家となり、当社は町の産土神になりました。

なお、大銀杏は延享2年(1745)の台風で中ほどより折れ、高さ6mくらいを残して繁茂していましたが、文化3年(1806)の江戸の大火で焼失してしまいました。

 

銀杏岡八幡神社の次は、須賀神社へ。

 

 

須賀神社は、台東区浅草橋2丁目に鎮座する、素戔嗚尊を御祭神として祀る神社。

由緒は、当社所蔵の『當社牛頭天王縁起』によると、尾張国の津島牛頭天王社(現 津島神社)から分社されたようで、創建は推古天皇の御代(600年頃)。

推古天皇9年(601)の夏にこの地で疫病が流行した折、森の中にあった牛頭天王を祀った神祠に郷の人々が病気平癒を祈願したところ、ことごとく快気したとのこと。

また別に所蔵する『天王塚碑文』等によれば村上天皇の御代(950年頃)の創建ともあり、このころに再建されたようです。

そして、江戸時代になると、蔵前には札差が軒を並べ、当社の氏子にも札差が多く、祭礼は彼らの財力を背景に大いに賑わい、その様子は『江戸名所図会』にも描かれました。

明治時代の神仏分離令発令以降は、天台宗東叡山寛永寺末真鏡山宝現院大円寺から分離し、須賀神社と改称。

その後、関東大震災や戦災の被害を受けますが、昭和36年(1961)に鉄筋コンクリートの社殿や社務所等が再建され、現在に至ります。

 

須賀神社の次は、榊神社へ。

 

 

榊神社は、台東区蔵前1丁目に鎮座する、天神第六代坐榊皇大御神・面足尊・惶根尊を祀る神社。

由緒は、第12代·景行天皇の御宇40年(110)、日本武尊が勅命により東国の鎮定に下向の折、国土創成の祖神である皇祖二柱の神を鎮祭し、自ら奉持した白銅の宝鏡を納め、国家鎮護の神宮としたのが創祀といわれており、古来より「第六天神宮」と称されてきましたが、明治6年(1873)に社号を「榊神社」に改称。

昭和3年(1928)に、柳橋1丁目の旧地から東京高等工業学校(現 東京工業大学)の跡地である当地に遷座。

境内には、社殿の他、七福稲荷神社、事比羅神社・豊受神社、繁盛稲荷神社といった境内社や浅草文庫(※)跡碑が立っています。

 

※明治7年(1874)7月に創設された官立の図書館。

明治8年に開館し、公私の閲覧に供しましたが、明治14年(1881)5月に閉鎖。

跡地は明治15年(1882)設立の東京職工学校(旧東京高等工業学校、現在の東京工業大学)の敷地の一部となりました。

しかし、関東大震災で罹災し、大正13年(1924)、当時の東京高等工業学校は大岡山(目黒区)に移転しました。

 

榊神社の次は、浅草御蔵跡碑へ。

 

 

浅草御蔵跡碑は、台東区蔵前2丁目に立つ記念碑。

浅草御蔵は、江戸幕府が全国に散在する直轄地、すなわち天領から年貢米や買い上げ米などを収納、保管した倉庫で、ここの米は、主として旗本、御家人の給米(給料として支給される米)用に供され、勘定奉行の支配下に置かれました。

また江戸中期から幕末まで、浅草御蔵の前側を「御蔵前」といい、蔵米を取り扱う米問屋や札差の店が立ち並んでいました。

現在も使われている「蔵前」という町名が生まれたのは、昭和9年(1934)のことで、碑は、昭和31年(1956)6月1日に浅草南部商工観光協会によって建立されました。

 

浅草御蔵跡碑の次は、蔵前橋へ。

 

 

蔵前橋は、台東区蔵前と墨田区横網を結ぶ隅田川に架かる橋で、蔵前橋通りを通しています。

昭和2年(1927)に、関東大震災の復興計画により架橋。

それ以前は「富士見の渡し」と呼ばれていた渡船場がありました。以前は橋全体が稲の籾殻を連想させる黄色でしたが、ツートンカラーに変更。

また昭和29年(1954)から昭和59年(1984)まで西詰に蔵前国技館があったことから、高欄には力士などのレリーフが施されています。

 

 

蔵前橋から隅田川を眺め、厩橋へ。

 

 

途中、墨田区側の親水テラスに下りて、川沿いをぶらぶら。

 

 

厩橋は、台東区蔵前・駒形と墨田区本所を結ぶ隅田川に架かる橋で、春日通りを通しています。

架橋以前は「御厩の渡し」があった場所で、最初の橋は、明治7年(1874)に架けられた民間の手による木橋でした。

その後、明治26年(1893)に、東京府によってプラットトラス形式の鉄橋に架け替えられますが、関東大震災で被災。

現在の下路式タイドアーチ橋は、震災後の復興計画によって、昭和4年(1929)に完成しました。

橋名は、西岸にあった「御厩河岸」(蔵前の米蔵の荷駄馬用の厩)に因んでおり、橋全体に馬を連想させるレリーフなどが施されています。

 



厩橋を渡り切ったところで、パブリックアートかと思わせる厩橋際公衆トイレをチェック。

 

続いて、諏訪神社へ。

 

 

諏訪神社は、台東区駒形1丁目に鎮座する、建御名方神と八坂刀売神を御祭神として祀る神社。

由緒は、承久の乱(1221年)の後、信濃国諏訪郡に住んでいたある神主が諏訪大社の神霊を当地に奉斎したことに始まるといわれ、また江戸時代に入ると浅草寺の衆徒十二院の一院である修善院が別当寺として奉仕。

なお当地は現在「駒形」となっていますが、江戸時代以来の当地周辺「浅草諏訪町」の地名は諏訪神社からとられているそうです。

 

諏訪神社の次は、バンダイキャラクターストリートへ。

 

 

バンダイキャラクターストリートは、台東区駒形1丁目、バンダイ本社ビル横にある、人気キャラクターたちの立像が並ぶストリート。

ドラえもん、アンパンマン、ウルトラマン、仮面ライダーなど、有名キャラクターが勢揃いしており、撮影スポットになっています。

 

 

初日はこちらに立つウルトラマンの像と一緒に記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました。

 

バンダイキャラクターストリートの次は、駒形堂へ。

 

 

駒形堂は、台東区雷門2丁目にある浅草寺の伽藍の一つ。

浅草寺の本尊である聖観世音菩薩が隅田川より示現し(※)、初めて奉安された地に建つお堂で、本尊は馬頭観世音菩薩です。

天慶5年(942)に、平公雅によって浅草寺の堂塔伽藍が建立された際、駒形堂も建立。

現在のお堂は、平成15年(2003)に再建されたもので、別名「こまんどう」とも呼ばれ、毎月19日に開扉。

また境内には、当地が霊地であることから、付近の魚類・鳥類の殺生を禁じた「浅草観音戒殺碑」が立っています。

 

※「浅草寺縁起」によると、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成の兄弟が江戸浦(現 隅田川)で漁撈中、1躰の仏像を感得。

郷司・土師中知がこれを拝して、聖観世音菩薩の尊像と知り、自ら出家。

屋敷を寺に改めて深く帰依したと伝えられ、これが浅草寺の始まりといわれています。

 

駒形堂の次は、浅草文化観光センターへ。

 

 

途中、隅田川西岸の親水テラスに下りて、駒形橋から吾妻橋まで、夕涼み散歩。

 

 

そして、吾妻橋交差点に到着。

 

 

浅草文化観光センターは、台東区雷門2丁目に所在する、平成24年(2012)4月20日にリニューアルオープンした地上8階・地下1階建ての観光案内所。

独創的なデザインは隈研吾氏によるもので、最上階の展望テラスからは、東京スカイツリーや浅草の街を一望することができます。

 

 

浅草文化観光センターを出た後、雷門前の賑わいを見て、浅草駅でお散歩は終了。

 

その後、有志のメンバーさんと軽く打ち上げ懇親会を開いて、解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、誠に有難うございました。

 

それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。

 

東京お散歩教室

http://tokyo-osampo.com

お散歩ナビゲーター 小島信康です。

 

今回は東京お散歩教室「夏企画 両国~浅草散歩」のご案内です。

 

次回は、日中の暑さを避けた夕方からのお散歩。


通常よりも短めのコースで、隅田川や神田川の水辺の景観を愛でたり、神社や展望スポットをご案内します。

 

コースは下記の通りです。
≪両国駅~両国橋~柳橋~銀杏岡八幡神社~須賀神社~第六天榊神社~蔵前橋~厩橋~諏訪神社~バンダイキャラクターストリート~駒形堂~浅草文化観光センター~浅草駅≫

 

その他、日程・時間・参加費等、詳細は教室ホームページをご覧ください。

 

 

途中、小腹が空いたら…。

 

 

東京お散歩教室は、密に気をつけながら、歩いて街の見どころを巡る、少人数制の大人の遠足。

 

参加者ほぼ全員がおひとりさまで、一人では入りにくい施設や穴場観光地などをみんなで訪ねたり、寺社をお参りしたりしています。

 

「街歩き」「タウンウォッチング」「健康」「ストレス解消」「穴場観光」「風景写真」などにご興味をお持ちの方、是非ご検討なさってみてください。

 

東京お散歩教室

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お散歩ナビゲーター小島信康です。

 

今回は只今開催中の東京お散歩教室「リバイバル 豊洲~月島散歩」の初日の様子を簡単にご紹介します。

 

出発は豊洲駅から。

 

まずは、旧晴海鉄道橋を見に。

 

 

旧晴海鉄道橋は、江東区豊洲と中央区晴海にある、かつて晴海埠頭まで延びていた東京都港湾局の貨物専用線の廃線跡。

もとは東京港で積み降ろされた貨物を越中島貨物駅まで運んでいた貨物線で、路線は平成元年(1989)に廃止。

「晴海橋梁」(旧晴海鉄道橋)は、昭和32年(1957)に架けられた鉄橋で、廃線後、長い間放置されていましたが、東京港のランドマークとして遊歩道化が決定し、現在、橋の耐震補強工事が行われています。

 

旧晴海鉄道橋の様子を見た後は、春海橋公園へ。

 

 

春海橋公園は、江東区豊洲2丁目に所在する、「アーバンドックららぽーと豊洲」、「江東区立豊洲公園」、「がすてなーにガスの科学館」等と一体的に開発されてできた晴海運河に面した海上公園。

管理は東京港埠頭(株)が行っています。

 

春海橋公園を真っ直ぐ進んで、メモリアルドックへ。

 

 

メモリアルドックは、「アーバンドックららぽーと豊洲」の敷地の一部で、現在は東京都観光汽船の水上バス乗り場や広場として使われています。

旧石川島播磨重工業時代の造船ドックが水上バスの発着場となり、高さ25mを超えるハンマーヘッドクレーンがモニュメントクレーンとなって残されており、臨海部を望む新しい夜景スポットにもなっています。

 

メモリアルドックの次は、豊洲公園へ。

 

 

豊洲公園は、江東区豊洲に所在する、豊洲ふ頭内公園(豊洲公園、豊洲ぐるり公園、豊洲六丁目公園、豊洲六丁目第二公園)を構成する公園の一つ。

アーバンドックららぽーと豊洲の隣に位置し、芝生広場、こども広場、じゃぶじゃぶ池などの他、造船工場だった頃に使われていた錨や錘を産業遺構として設置した「花木とモニュメント広場」があります。

 

豊洲公園の次は、がすてなーに ガスの科学館へ。

 

 

途中、豊洲ポンプ所のトリックアートをチェック。

 

 

がすてなーに ガスの科学館は、江東区豊洲6丁目に所在する、東京ガスネットワーク(株)が運営する、ガスの役割や特長を学べる参加・体験型の科学館。

愛称は「ガスって何?」をもじった「がすてなーに」で、館内は各展示ゾーンを巡ることで、エネルギーやガスについて楽しく学習できるようになっています。

旧館閉館後、「がすてなーに ガスの科学館」として、この地に開館したのが、平成18年(2006)。

令和元年(2019)10月1日にリニューアルオープンをしました。

また広大な景色が見渡せる「屋上ひろば」は、地球の半径のおよそ2万分の1の半径で弧を描いたもので、地球の丸さを体感することができます。

 

 

屋上ひろばからの眺め。

風に吹かれながら晴海運河が見渡せて、気持ちいいです。

 

がすてなーに ガスの科学館の次は、豊洲ぐるり公園の一部分を通過。

 

 

豊洲ぐるり公園は、江東区豊洲に所在する、豊洲ふ頭内公園(豊洲公園、豊洲ぐるり公園、豊洲六丁目公園、豊洲六丁目第二公園)を構成する公園の一つ。

豊洲ふ頭先端から東電堀まで、豊洲市場の周りをぐるりとまわった全長4.5kmの園路で、散歩やランニング、釣り等を楽しむことができます。

約15.2haという広大な面積を誇り、先端部ではレインボーブリッジを一望できます。

 

豊洲ぐるり公園の次は、晴海大橋へ。

 

 

晴海大橋は、中央区晴海3丁目と江東区豊洲6丁目を結ぶ、晴海運河に架かる道路橋。

開通は平成18年(2006)3月で、橋長は580m、最頂地点での海面までの高さは24.2mあります。

レインボーブリッジがほぼ真横から見えるスポットでもあり、橋上には展望スペースも設置。

また中央部は、首都高速10号晴海線が通っています。

 

 

橋上から晴海運河をチェック。

遠くに東京スカイツリーも見えます。

 

 

初日は晴海大橋の展望スペースで記念写真。

皆さん、撮影ご協力有難うございました。

 

晴海大橋を渡り切った後は、晴海臨海公園へ。

 

 

晴海臨海公園は、中央区晴海2丁目、春海橋から晴海大橋にかけての水域に面して、平成24年(2012)4月に開園した区立公園。

面積は約38,544㎡で、運河を一望できる全長約600mの水辺テラス、芝生広場、天然芝・人工芝敷きの運動広場(少年野球場)などの他、中央区まちかど展示館の一つに数えられる「ふるさと晴海資料展示館」を設置。

ガラス越しに町会の神輿3点セット(大人神輿、子供神輿、山車)などを見ることができます。

 

晴海臨海公園の次は、晴海トリトンスクエアへ。

 

 

晴海トリトンスクエアは、中央区晴海1丁目にある、3棟のオフィスビルを中核とした複合商業施設と住居群。

「食・遊・住の美しい調和」をコンセプトに、日本住宅公団の晴海高層アパートなどがあった場所を再開発して、平成13年(2001)4月にオープン。

商業施設部分は、住商アーバン開発(株)が運営しており、総敷地面積は約10万㎡あります。

 

晴海トリトンスクエアの次は、トリトンブリッジへ。

 

 

トリトンブリッジは、黎明橋と平行して朝潮運河に平成13年(2001)に架けられた動く人道橋。

運河に架けられた世界初の動く人道橋で、全長は94mあります。

 

 

トリトンブリッジを渡った後は、月島川の情緒ある水辺の景観を見て、月島西仲通り商店街へ。

 

 

月島西仲通り商店街は、通称「月島もんじゃストリート」と呼ばれる、月島を代表する観光スポット。

50軒以上もの「もんじゃ焼き」の店が集まって、個性的なトッピングと味を競い合っています。

 

商店街に入ったところで、まずは、月島観音へ。

 

 

月島観音は、中央区月島3丁目に祀られている、正式名を「信州善光寺別院本誓殿 月島開運観世音」と称する月島の観音様。

由緒は、昭和26年(1951)、地元の篤志家の呼びかけによって観音堂が建立され、善光寺より、一光三尊善光寺如来像と開運観世音菩薩像を安置したのが始まりで、平成13年(2001)、再開発によって建てられた現在のビル(サングランパ)内に移設。

参詣すると運が開け、あらゆる願いが成就するといわれ、なかでも特に、失せものが見つかることと、病気平癒に極めて霊験があらたかだそうです。

 

月島観音をお参りした後は、西仲通地域安全センターをチェック。

 

 

西仲通地域安全センターは、中央区月島3丁目にある、もと「西仲通交番」。

大正15年(1926)竣工の東京に現存する最も古い交番だった建物で、平成19年(2007)3月をもって、交番としての役目を終え、現在は地域安全活動の拠点や各種ボランティア活動などの交流場所として、警察官OBなどが中心となって勤務する「地域安全センター」に変わっています。

 

 

西仲通地域安全センターの外観を見学後、焼き立てメロンパンが有名な「月島久栄」さんに立ち寄り。

お土産にしたり、その場で召し上がるメンバーさんも…。

 

 

続いて、月島もんじゃストリート総合案内所に行って、お土産を物色。

 

こんなふうにあちこち巡って、月島駅でお散歩は終了。

 

 

その後は、大半の方が残って、月島もんじゃストリートにある「もんじゃ麦 西仲店」さんで打ち上げ懇親会を開催。

 

各テーブルで、もんじゃ焼きを中心に、お好み焼きや鉄板焼き、焼きそばなどを注文。

 

満腹になったところで解散となりました。

 

ご参加くださいました皆様、誠に有難うございました。

 

それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。

 

東京お散歩教室

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お散歩ナビゲーター 小島信康です。

 

今回は東京お散歩教室「リバイバル 豊洲~月島散歩」のご案内です。

 

次回は、かつて夏によく歩いたコースを4年ぶりに訪ねて、再開発が著しい、豊洲・晴海・月島といった街の変貌の様子を見に行きたいと思います。

 

コースは下記の通りです。
≪豊洲駅~春海橋公園~豊洲公園~がすてなーに ガスの科学館~晴海大橋~晴海臨海公園~晴海トリトンスクエア~トリトンブリッジ~月島西仲通り商店街~月島観音~月島駅≫

 

その他、日程・時間・参加費等、詳細は教室ホームページをご覧ください。

 

 

途中のおやつや、お土産購入も楽しみの一つ。

 

 

打ち上げ懇親会は、複数名様ご希望者がいらっしゃれば、月島もんじゃ体験をしたいと思います。

 

 

東京お散歩教室は、密に気をつけながら、歩いて街の見どころを巡る、少人数制の大人の遠足。

 

参加者ほぼ全員がおひとりさまで、一人では入りにくい施設や穴場観光地などをみんなで訪ねたり、寺社をお参りしたりしています。

 

「街歩き」「タウンウォッチング」「健康」「ストレス解消」「穴場観光」「風景写真」などにご興味をお持ちの方、是非ご検討なさってみてください。

 

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