【別れ…】 | 超無名だが…やたらチャンピオンになる子達と縁あるトレーナーのブログ

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これからボクシングを始めたい!
既にやっているけどもっと上手く強くなりたい!
そんな人達に今までの経験をもとに皆様に何かの気づきがあればとブログを立ち上げました。
よろしくお願い致します。

皆さんこんにちはニコニコ

 

 

昨日、やっと満開の桜を見ることが出来ました~照れ

 

 

てことでブログいってみましょ~

 

 

さて…フィットネスジムでの仕事は、私にとって将来にとても役立つ経験ばかりであった。

 

もちろん、今思えば…である!

 

当時は過酷すぎて「将来自分の為になるぞ!」なんて事はとても思えなかった!

 

ジムに泊まり込みで30時間以上勤務!なんて事もあったくらいで…(もちろん仮眠は2時間ほど取ったが…)

本社から「これは流石にまずいから、一度退勤したことにして再度打刻してくれ!」なんて、名前は金ピカなジムだが、中身は「黒色」だったネガティブ

 

 

そんな横須賀のフィットネスジムでボクシングを教えていた時だった…

当時で25歳くらい…ボクシング会員の中に「プロになりたい!」という子が現れた!

 

身体は硬く、動きも硬く…

お世辞にも器用とは言えない…

 

「プロかぁ~…」

 

でもプロテストが受けられるくらい迄には育ててあげたい。

 

 

後日、光ジムの関会長に紹介した!

この時既に光ジムには殆んど顔を出していなかった私だが、会長も快く入会を認めてくれた。

 

プロを目指すので横須賀での練習は週一程度に減らし、他は光ジムでの練習だった!

 

それからどのくらいの月日が経ったか…

詳しくは忘れてしまったが、彼のプロテストが決まった!

 

プロテストの当日、彼の様子を見に光ジムに向かった。

彼はヘッドギアやノーファルカップ(トランクスの下に履く急所を守るもの)を持って後楽園ホールに向かう。

 

本当ならば私も会長と一緒にホールへ向かいたかったが、仕事がある為に会長と彼とは鶴見駅に向かう途中の「三角(ミカド)の交差点」まで一緒に歩いた…

私はコインパーキングに車を停めていたので、そこで二手に別れた…

 

その時…私の背後から

 

「岡!また来いよ!!」

 

普段ぼそぼそ話す会長が、離れていく私に聞こえるくらいの大きで、そう声を掛けてくれた!

 

私も…

 

「はい!!」…と返事をして別れた…

 

 

 

そして…

 

それが関会長との生前での最後の別れとなった…

 

 

 

しばらく経って…

 

横浜のジムで仕事をしている時に、会長が倒れた事を聞かされた…

冽(李冽理元WBA世界スーパーバンタム級王者)のミットを持っている時にそのまま倒れた…と。

 

 

「はい!」と返事をしてからも仕事が忙しいのを理由に、光ジムには全く顔を出さないでいた…

(因みにテストを受けた子は不合格だった…)

 

 

当時、横浜のフィットネスジムには光ジムの現役の選手がアルバイトで2.3人いたのだが…

そのうちの一人が、「自分が最後まで残るので行って下さい!」

と23時までの仕事を変わってくれた。

 

私はそのまま鶴見の病院に向かった…

 

 

受付で会長の病室を聞いてから部屋に入ると…

そこには元WBA世界ミニマム級王者の新井田豊、先輩のOトレーナーなどが集まっていた!

 

そこには人工呼吸器に繋がれている関会長が、ベッドの上で横になっていた…

 

 

Oトレーナーが…

「岡ちゃん…手握って声かけてやって…」

「会長聞こえてるから…」

 

……

 

「会長…岡です…」

「顔出さなくてすみません…」

 

 

 

会長の手は暖かかった…

 

 

 

よく聞いたりもするが…

意識がなくても耳だけは聞こえているらしいと…

 

自分はそのことを信じている!

色々と声を掛けた…

 

 

 

そして…

 

2008年6月6日…66歳という若さでこの世を去った…

 

新井田が同年9月15日に怪物…ローマン・ゴンサレスとの8度目の防衛戦を控えている前での出来事だった…

 

 

 

今でも鮮明に憶えている…

「岡!また来いよ!!」

 

 

 

終わり