市庁舎、時計の時刻は合っていなかった
約5階建ての高さのギルランディーナの塔(鐘楼)に上る人たちの行列
高い・狭い・階段・・・この三拍子そろった塔に上る気はさらさらなし。
この塔は1169年に追加建設されたもので幹線道路エミリア街道を
はるか見はるかし、モデナを目指す人たちの目印ともなったそうな。
美しい外観の塔である。
いざ、聖堂内へ。その前に・・・・・
なぜモデナにロマネスク建築なのか?
11世紀後半、北イタリアでは「コムート」が形成されていたそうな。
「コム―ト」とは、「司教権力や伯権力から独立し、都市民による評議会に
よって運営がおこなわれる都市共同体」のこと。
その評議会の中から選出された「コンスル(執政官)」が都市全体の
意思を決定する評議会を統括していたそうな。
モデナでコンスルを確認できるのは1135年であるが、
実質的には都市全体の政策を決定する都市民の会議は
11世紀には確立していたそうな。
1099年、大聖堂の建設を決めたのは、まさに都市民と教会人。
誰のための大聖堂か?
それはモデナ市民のための聖堂なのだ。
ロマネスク時代の人々は「信仰」=キリスト教神学ではなく、
日常の世俗的なものすべてを含む「神の秩序」を
人としての視線で受け止め、人により近い素直な気持ちで
信仰を育てようとしていたそうな。
あるがまま・・・現実を見ることは中世の人々の逞しさにも通じるのだ。
ロマネスク美術を見るとき、素朴であり、力強さがあり、ユーモアもある。
人の心の奥底に潜んでいる感情を形にしたら
こんなものかなぁなーんて思うのだ。
神は偉大だー、だから祈りなさいではなくて、祈るだけではなく
自分で解決しなければならない力も必要なんだ
神頼みだけではだめなんだよと言ってるような気がするのだ。
これは私見ずら。
さてさて・・・今度こそ聖堂内へ
つづく