鈴木修(すずき おさむ)さん。
1930年1月30日生まれ
日本の実業家。自動車メーカースズキの代表取締役会長兼社長。
1953年3月中央大学法学部法律学科卒業。中央相互銀行(現在の愛知銀行)入社。
1958年にスズキの2代目社長の鈴木俊三の娘婿に。
同年4月にスズキ入社。


「俺は中小企業のおやじ」という鈴木修さん。
同名の著書もありますが、彼の言葉は“応用”が効くものがたくさんあります。
「かつては十年ひと昔といったが、今は一年ひと昔。十年先のことを考えるなんて昔で言えば百年先を考えるようなもの。会社のあるべき姿を描くと現実から大きくかい離する。最小限、何を今なすべきかを考えていくことだ。」
今、何をなすべきか。
それを真剣に考え自分でベストだと思える選択をすること。
日々の積み重ねが1ヶ月、1年、そして10年となっていくのです。
確かに未来のビジョンを描くことは大切ですが、その礎である1日1日を充実させていくことも大切ですね。


「現場の班長と一緒に1万円のコストを浮かした苦労話を聞く。そうしたら無駄遣いなんてとてもできない。」
現場は懸命に節約しているのに、トップが儲けを湯水のように使う。
そんな残念な企業があるのも事実であり、日本という国も税金の無駄遣いが問題になっています。
人の苦労や努力を水の泡にしない。
当たり前のようですが、もう一度肝に銘じる必要があります。


「土曜休んで日曜も休む奴は要らない。今の日本の悪い所はアメリカ的時間の切り売りが横行している事だ。8時間働けばそれでいいなど通用しない、成果で報酬がでるんだ」
8時間働けばそれでOKでは何も生み出せないということでしょう。
だからといって馬車馬のように働けというのではなく、如何に成果を上げるかを考えるべきですね。
※8時間働かなくても3時間で成果が上げられたとしたら。
それでいいのだと思います。
時間と成果は決して正比例しないものなのかもしれません。



さて、彼のネームリーディングをしてみました。
意外にも彼はコンプレックスの塊のような人です。
現世にやって来る前、彼はこんなことを考えていました。
「自分はダメダメな奴だ。人の役にも立てなかったし、自分のことばかり考えていた。だから、次こそはひとつでもいいから人の役に立つことをやりたいんだ」

あちらの世界で宣言したことは、魂には記憶されていますが生まれてくると思い出せないことがほとんどです。
しかし彼の場合、魂の誓いを守ろうとする想いが強く、それが行動力に反映されたようです。


さまざまな輪廻転生を経てきた魂ですね。
使い込まれた分厚い書物のようなイメージです。
そこにはたくさんのことが記されており、書いては消し、消しては書き足している...
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、そんなイメージが浮かんできました。



彼の魂は、まだまだ情熱を抱き、もっと物づくりを通じて人や社員を幸せにしたい、そのために自分には何ができるかを探し求めています。
老後という言葉は彼にはない、といってもいいでしょう。
鋭い直感力と誰もが見逃してしまう事柄にも目を向ける感性の鋭さがあります。
頑固で力強い印象がありますが、実は涙もろく、情に厚いタイプでしょう。

今後ですが、彼の存在にインスパイアされる若い人達が出てくるようです。



また、情熱はあるものの資金が足りない、活躍の場所が与えられない人たちに援助の手を差し伸べる姿が見えています。
ただし、鈴木さんの判断基準は少し変わっているようです。
学歴やこれまでの実績というよりは自分と似たような魂の持ち主を選び取るでしょう。


だからといって働きづめというわけでもなく、趣味やプライベートもとても充実しています。

よく働き、よく愉しむ。

そして立てた誓いをしっかりと具現化し続けていく人といえるでしょう。

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ローラさん。
1990年3月30日生まれ
ファッションモデル
実父がバングラデシュ人で、実母が日本人とロシア人のクォーター。
幼少の頃に両親が離婚。
実父の再婚相手となった中国人の継母のもとで育つ。
日本に生まれ、すぐにバングラデシュへ移り現地のアメリカンスクールに通う。
小学1年生時に日本へ帰り、しばらくして再びバングラデシュへ移住。
やがて9歳で日本へ再入国、高校時代に渋谷でスカウトを受けてモデル活動を開始。


とてもフレンドリーで“タメ口キャラ”と呼ばれることもあるローラさん。
自由奔放で怖いものナシ、というイメージがありますが、実はとても繊細で瞬時に周囲の人たちの感情を読み取る能力があります。
それをわきまえたうえでの発言なので憎まれたり、気分を害されることがありません。
よくよく発言を聞いていると自分は一歩下がり、相手にスポットが当たるように言葉を選んでいるのがわかります。


幼少の頃から住む環境が慌ただしく変化していたこともあり、常に周囲に気を配る様子が見えています。
大人たちは「まだ子供だから忘れてしまうに違いない」「理解できなくて当たり前」と思っていたようですが、彼女は子供心にもしっかりと受け止め、自分なりに理解していました。

☆これはローラさんだけに言えることではなく、魂はすべての前世を記憶しています。
見た目は赤ちゃんや子供でも、大人の言葉、振る舞いは魂が理解していますよ。


さて、ローラさんですが芸術的感性が豊かなので服やアクセサリー、靴などのデザインの仕事をするとブレイクしそうです。
独特の色彩感覚、造型感覚があるので、これまでにない新しいものが誕生するかもしれません。
だからといって奇をてらったものではなく、多くの人に好感を持たれるものでしょう。


2023年には大きな転機が訪れます。
動物愛護、動物たちが幸せになるプロジェクトを立ち上げるなど活躍が期待できそうです。
彼女に賛同し、応援してくれる人もたくさんでてくるでしょう。
そのなかには海外のセレブや著名人もいそうです。

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橋下徹大阪市長
1969年(昭和44年)6月29日生まれ
1994年(平成6年)春に早稲田大学を卒業して、同年、司法試験に合格。
2年間の司法修習で法曹資格を得て1997年(平成9年)に大阪弁護士会に弁護士登録。
大阪市内にある樺島法律事務所に10ヵ月在籍。
弁護士2年目の1998年(平成10年)、大阪市内に「橋下綜合法律事務所」を設立して、示談交渉による解決を看板にする。飛び込み営業なども行い顧客を集め、年間400~500もの案件を手がける。
芸能事務所タイタンと業務提携し、自身のタレントとしてのマネージメントを委託、タレント弁護士として活躍。
大阪府知事を経て大阪市町に。


茶髪タレント弁護士として親しみやすいイメージがあった橋下さんですが、大阪市長になるとは誰が想像していたでしょうか?
しかし彼の波乱の人生は彼自身がプログラミングしたものであり、困難に見舞われても逃げることなく真正面から立ち向かう力は充分養われていたようです。

喩えるなら織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、武田信玄といった戦国時代を走り抜けた武将たちをミックスしたような人生といってもいいでしょう。



彼の生い立ちが某雑誌に掲載されたときは物議を醸しました。
スキャンダルも赤裸々に書き立てられ、家庭内に不穏な空気が漂ったこともあったでしょう。
しかし、それらすべてを彼はエネルギーへと変換してよりパワーアップしていっているようです。



とてもパワフルで豪快な印象がある橋下さんですが、とても心優しく涙もろいところがあります。
前世は僧侶、牧師、学者といった聖職者もあれば国を治める権力者であったことも。
共通するのは、いつのときも周囲に迎合することなく、ときに孤立することも多かったということでしょうか。
ときに辛く厳しい生涯もありましたが、最期には「すべてが自分の決断によるものだった」と納得して地上を去っていったようです。



現世では、夫であり父親である、という魂の学びをしたいと強く願ったようです。

今後の彼ですが、年配者や家庭の事情によって辛い立場に置かれている子供たち、社会的弱者を守る団体をサポートしたり独自に立ち上げる活動をしていくでしょう。

ただ、思い立つと即行動に移さないと気がすまない性分であるので、周囲との摩擦は免れないようです。
2018年までは、かなりアップダウンの多い運気ですが、それ以降は少しずつゆるやかになっていくでしょう。


しかし、彼自身が何かしら目標を定めて取り組んでいたいという気持ちが強いため、安定を自ら手放してしまう暗示が出ています。

敵も少なくありませんが、彼を力強くサポートしようとする人たちもたくさんいらっしゃいます。



また、彼に家庭があるというのは、とても素晴らしいことです。
家族の存在は、想像以上に彼の支えになっていますね。
父親という立場によって学びを得て、それが政治に生かされることもあるでしょう。

山中 伸弥(やまなか しんや)教授。

1962年9月4日 生まれ。

京都大学iPS細胞研究所所長・教授、カリフォルニア大学サンフランシスコ校グラッドストーン研究所上級研究員、奈良先端科学技術大学院大学栄誉教授。


iPS細胞の開発でノーベル医学・生理学賞を受賞した山中教授。

「私が受賞できたのは、日本という国に支えていただいて、日の丸のご支援がなければ、このように素晴らしい賞は受賞できなかったということを心の底から思いました。まさに日本という国が受賞した賞だと感じています」の言葉に“感動した!”“謙虚で素晴らしい人物!”と賞賛の言葉が寄せられました。


受精卵からつくられるES細胞の一方で、体細胞からつくられるiPS細胞は生命倫理にも叶った治療方法として注目を集めていますね。


山中教授は決して天才でも器用なタイプでもありません。

ただ、ひとつのことを追求する集中力と粘り強さは超人的といえるでしょう。

前世は多くの人に施しをする僧侶の姿で見えてきますが、それは東南アジアのようです。

自らも空腹でとても痩せた体をしていますが、人が喜ぶ顔を糧に生き続けている様なところがありました。


さて、今後の山中教授ですが著名大学での講師を勤める傍ら、難病で苦しむ貧しい人々にも救いの手を差し伸べる活動を始めるでしょう。

多忙を極めますが、人が喜ぶ顔に励まされ、活動を続けていかれるようです。


次に大きな転機が訪れるのは2016年~7年前半。

研究の著しい成果が出る、新たな発見をするという暗示が出ています。


おだやかな人格、謙虚さもあり、彼の人間関係はこれからますます豊かなものになっていくでしょう。

国内ばかりでなく世界各国の要人、著名人との面会の機会も増えますが、彼はずっと自分流を貫くようです。



著書『金持ち父さん、貧乏父さん』で一躍有名になったロバート・キヨサキ氏。

ハイスクール卒業後、ニューヨークの米国商船大学校へ進学。

卒業後に海兵隊に入隊し、士官、ヘリコプターパイロットとしてベトナム戦争に出征。


帰還後、ビジネスの世界に乗り出し、1977年にナイロンとベルクロを使ったサーファー用の財布を考案し会社を設立。

その後いくつか会社を起こしたのち、1994年に47歳でビジネス界から引退。

ボードゲーム『キャッシュフロー101』、『キャッシュフロー202』を考案。

1997年に著書『金持ち父さん 貧乏父さん』を執筆。


『金持ち父さん 貧乏父さん』は全世界で51カ国語に翻訳され、マルチビジネスのバイブルとしてベストセラーになり、日本で累計300万部、全世界では累計2800万部を突破しました。


“金持ち父さん”として脚光を浴びた彼でしたが、裁判所から2368万7957ドル(18億5831万円)の支払い命令が出ているそうです。

彼の会社は倒産。

「金持ち父さんから、イッキに貧乏父さんに?」と騒がれていますが、彼は一文無しにはなっていないようです。

倒産はひとつの対策であり、彼自身にとってはダメージではないのですが、支払いをしてもらえなくなってしまう人物や会社は大迷惑でしょう。


すでに2010年より、彼の目指すビジネスは時代とマッチしなくなりつつあったようです。

それが表面化しただけであり、順応性に長けた彼はすでに次のビジネスプランを立てていますね。

2014年には倒産騒ぎが嘘のように新ビジネスを立ち上げているでしょう。

インドでのビジネスが彼に物質面、精神面での改革をもたらすと出ています。


マネーゲームめいたところから、自然やエネルギーに注目した、いわゆる地に足がついたビジネス展開があるでしょう。

ただし、彼が労働者が働く様子をラット・ゲームと表現したこともあり、表舞台には出ないで活動する可能性もあるようです。