橋下徹大阪市長
1969年(昭和44年)6月29日生まれ
1994年(平成6年)春に早稲田大学を卒業して、同年、司法試験に合格。
2年間の司法修習で法曹資格を得て1997年(平成9年)に大阪弁護士会に弁護士登録。
大阪市内にある樺島法律事務所に10ヵ月在籍。
弁護士2年目の1998年(平成10年)、大阪市内に「橋下綜合法律事務所」を設立して、示談交渉による解決を看板にする。飛び込み営業なども行い顧客を集め、年間400~500もの案件を手がける。
芸能事務所タイタンと業務提携し、自身のタレントとしてのマネージメントを委託、タレント弁護士として活躍。
大阪府知事を経て大阪市町に。
茶髪タレント弁護士として親しみやすいイメージがあった橋下さんですが、大阪市長になるとは誰が想像していたでしょうか?
しかし彼の波乱の人生は彼自身がプログラミングしたものであり、困難に見舞われても逃げることなく真正面から立ち向かう力は充分養われていたようです。
喩えるなら織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、武田信玄といった戦国時代を走り抜けた武将たちをミックスしたような人生といってもいいでしょう。
彼の生い立ちが某雑誌に掲載されたときは物議を醸しました。
スキャンダルも赤裸々に書き立てられ、家庭内に不穏な空気が漂ったこともあったでしょう。
しかし、それらすべてを彼はエネルギーへと変換してよりパワーアップしていっているようです。
とてもパワフルで豪快な印象がある橋下さんですが、とても心優しく涙もろいところがあります。
前世は僧侶、牧師、学者といった聖職者もあれば国を治める権力者であったことも。
共通するのは、いつのときも周囲に迎合することなく、ときに孤立することも多かったということでしょうか。
ときに辛く厳しい生涯もありましたが、最期には「すべてが自分の決断によるものだった」と納得して地上を去っていったようです。
現世では、夫であり父親である、という魂の学びをしたいと強く願ったようです。
今後の彼ですが、年配者や家庭の事情によって辛い立場に置かれている子供たち、社会的弱者を守る団体をサポートしたり独自に立ち上げる活動をしていくでしょう。
ただ、思い立つと即行動に移さないと気がすまない性分であるので、周囲との摩擦は免れないようです。
2018年までは、かなりアップダウンの多い運気ですが、それ以降は少しずつゆるやかになっていくでしょう。
しかし、彼自身が何かしら目標を定めて取り組んでいたいという気持ちが強いため、安定を自ら手放してしまう暗示が出ています。
敵も少なくありませんが、彼を力強くサポートしようとする人たちもたくさんいらっしゃいます。
また、彼に家庭があるというのは、とても素晴らしいことです。
家族の存在は、想像以上に彼の支えになっていますね。
父親という立場によって学びを得て、それが政治に生かされることもあるでしょう。