ちょっと忙しくしていたら、あっと言う間に10月になってしまったけれど、9月21日、お彼岸なのお墓参りに行った後、前週に続いてRFL山下公園に参加してきました。ここは夫の墓から最も近い会場。
実は、夫のピアサポーターでもあり元上司でもある方が、今とても厳しい状況にあって、それでもRFLには行くというので、どうしても会場で会いたかったし、これを最期にはしたくないから次の約束もしてきました。
これまでも沢山の奇跡を起こして来た方だし、これからも起こせるんじゃないかって信じたい。
多くのがん患者に希望を与え続けてきた方。
この日も沢山の方が、この方に会うために来てたんじゃないかな。
そして、この会場には、瞳を観て直感で感じた言葉を書いてくださる、書道詩人てらきちさんがいらしていて、私も書き下ろしをしていただいた。
私は笑うために生まれてきたんだって。
そのメッセージの内容、名前の呼び方とか、何だか夫から言われている言葉の様な気がして、笑ってもいいんだって思ったら泣けてきて…
勇気をもらえたし、とても感動した。
そして、翌22日もれんちゃんを連れて再び山下公園へ。
今度はれんちゃんの分を書いていただいた。
相変わらず宿題をしてくれないので、少しお説教でもと思っていたのだけれど…。
「れんが思いきり 楽しみ笑う時 みんなの心も 明るくなるんだ 一人また一人と 心を 照らしてくれてありがとう。」
と、書いて下さった。
やっぱり夫の言葉なのか?
れんちゃんのこと溺愛してたから説教はしないよね
本名入りなのでお見せできないのが残念ですが、浮かんだ言葉を一回で綺麗に納めて書けるのって、すごいな~!って感心しました。
綴ってある和紙の表紙ページの裏側に、相手に見せる様に「ありがとうございます」という言葉が書いてあって、書き終わってからそこから破って渡してくださるのですが、たまたまれんちゃんのは最後のページに当たったので、「ありがとうございます」と書いてあるページもいただけた。
しかも、今回は間違えて逆に書いてしまったらしく、後ろにももう一枚「ありがとうございます」と書かれたページがあって、ラッキーな事に2枚をいただく事ができた。
そして後になって思い出した。
「傾聴力」の後、同じ大津秀一先生の「いい人生だったと言える10の習慣」を読んだのだけれど、その中で私が最も印象に残っていた言葉を。
ありがとうという言葉には二つの意味がある。
日頃の感謝の意味と最期のさようなら。
命のバトンとも書いてあったかな?
人が人生最期に聴きたい言葉はありがとうで、人が人生最期に伝えたい言葉もありがとうだったら、その人の人生は「いい人生だった」って言えるのではないかって、この本を読んでそう思った
私は夫の最期、「ありがとう幸せだった」と伝える事はできた。
夫はその言葉に頷く様に逝ったけれど、夫の最期の言葉は聴くことは叶わなかった。
そして、れんちゃんを通して、「いつもありがとう」の言葉はもらえた。
でも最期のありがとうはもらえなかった気がして、どこか淋しかった
だからこの二つの「ありがとうございます」をいただけて、今更ながら最期のありがとうをもらえた様に思えて、とても嬉しくなった
もう一枚は、この日れんちゃんとコンビを組んでくれたお友達にプレゼントしたので、今は手元に残ってはいないのだけれど、きっとそのお友達にもありがとうを伝えたい誰かがいて、そこへ辿り着いたのではないかと思っている。
リレー•フォー•ライフは本当に天国に繋がっているんじゃないかって思う位、不思議な場所だから。
そうそう、れんちゃんはこの日VIP待遇(?!)で黒岩知事と歩かせてもらったり、一緒に写真を撮らせてもらいました
本人は良くわかってなかったみたいだけれど
RFLの後はライブへ行き、北へ南へ忙しかったけれど、久しぶりのお友達とも、初めましてのお友達とも会えて、充実して楽しい2日間でした