霊能者サマンサの霊体験<明松庵>

霊能者サマンサの霊体験<明松庵>

明松庵は、東京都新宿区西新宿にあります。世界の霊能者サマンサ(僧侶:明松)のお店です。
http://myoshoan.info/

霊能者であり僧侶のサマンサです。
私は、人や場、出来事に宿る目に見えない領域を読み解き、神仏や魂意識と対話しながら、多くのご相談に向き合ってきました。

このブログでは、霊的な体験談や日々の気づきを通して、「本来の自分を取り戻すための視点」を静かに綴っています。
恐れや依存を煽ることなく、生き方の助けとなる言葉をお届けできれば幸いです。

年に4回の『心霊の世界』講演会、5月に日帰りのパワースポット巡り、7月はヒルトン東京で納涼会を開催します。

明松庵 ℡ 03-3344-3755 受付:11時~18時 水・土日祝を除く
*時短営業、臨時休業日あり(明松庵LINEでご確認頂けます)

受験すると決めた学校の倍率は非常に高く、四百五十人の受験者の中から、一次試験のテストを通過できるのはわずか五十人。

四百人が不合格になる計算です。

 

過去問もほとんど手をつけていない状態でしたから、せめて一題でも解いておきたい。

志望動機はどう書くべきか。

もし一次試験を通過したなら、二次試験は両親同席での面接です。

提出書類や面接の準備など、母親は一つひとつをサマンサと一緒に整えていきました。

 

そして、一次試験に合格。

五十人に残りましたが、二次面接ではその半数が不合格になります。

「どれほど娘が努力しても、面接で親が台無しにしてしまうかもしれない」

そう思うほど、不安と緊張で胸がいっぱいだったそうです。

 

振り返ってみても、面接官の質問にうまく答えられたとは思えない。

関係のないことを話してしまったのではないか。

後悔は尽きませんでしたが、あとは結果を待つしかありません。

運を、天に委ねるしかなかったのです。

 

それでも、

彼女は、見事に合格しました。

親子で、心から喜ばれたそうです。

 

サマンサが伝えなければ、決して選ばれることのなかった進学先。

しかし、その子が進むべき道は、はっきりと視えていました。

 

もし、天の存在に導かれる人がいるとするならば。

あなたの迷いもまた、やがて花開き、実を結ぶでしょう。

 

運勢は、必要なときに、必要な場所へと人を導いてくれるのですから・・・。

三か月前には、誰ひとりとして想像もしていなかった学校へ進学することになった、一人の少女の受験のお話です。

 

それは、たとえ成績がトップクラスであっても不合格になることがあるほど、合否の判定が極めて難しい学校でした。塾の先生方でさえ判断に迷い、「結果は読めない」と首を傾げるほどの、非常に人気の高い中学校です。

 

彼女は中学受験を控えていました。年末が近づいたある日、母親が明松庵を訪れました。

娘の進学先について、最終的な確認をしたいというご相談でした。

 

サマンサはいつも通り、こうお願いしました。

「どうか、学校名は私に教えないでください」

学校名を知らない方が、先入観や雑念が入らず、より正確に“視える”からです。

母親は、候補となっている学校を一つずつ読み上げ、選択に問題がないかを尋ねました。

 

しかし、私の中には、彼女が進むはずの学校の姿が、そこには視えませんでした。

「ほかにも候補はありませんか」

そう尋ねると、母親は少し不思議そうな表情で、追加の学校をいくつか指し示しました。もちろん、その学校名も私には分かりません。

 

そして、いくつ目かのときでした。

サマンサははっきりと、「そこです」とお伝えしました。

私は、どこの中学校を選んでいるのかを理解しているわけではありません。

固有名詞のない世界で、「それだ」と示される感覚に従い、ただ指し示しているのです。

 

母親はかなり驚いた様子で、

「本当に、この学校ですか?」

と、何度も確認されました。

 

受験日が重なる他校の受験を取りやめ、サマンサが示したその学校を受験することを決断されました。

親子にとって、これまで選択肢にすらなかった学校です。戸惑いがあったのは当然でしょう。

 

塾に確認しても、やはり返ってくる答えは同じでした。

「成績だけでは判断できない」「超難関校である」、それ以上の言葉はありませんでした。

つづく

仕事を、簡単に、早く片付けられた。

それ自体は、決して悪いことではありません。

 

けれど私たちは苦労して時間をかけた仕事のほうが、価値があるように感じてしまいます。楽に終わった仕事には、どこか物足りなさを覚えることもあるでしょう。

 

人は、怠けることや手を抜くことを嫌います。

それ以上に、「自分は頑張った」と実感したいのです。

そのため、無意識のうちに仕事を後回しにし、締め切り間際になってから休憩も取らずに一気に仕上げる。そして、ようやく終えたときに深い安堵と達成感を得ます。

 

けれど本来は、少しずつ整えていけば済んだ仕事だったはずです。わざわざ、大きな苦労に育てる必要はありません。

 

もし、あなたが今、仕事をまとめて片付けようとしているとしたら。

それは、仕事そのものよりも、「やりがい」を求めている状態かもしれません。

 

精一杯、難しいことに挑みたい。自分の力を使い切りたい。魂が、そう望んでいるのです。

やりがいは、苦労の量で決まるものではありません。

自分の力が、正しく使われたと感じられるとき、人は静かな満足を得ます。

 

仕事を重くすることでしか、自分の価値を感じられないとしたら、それは、魂が次の段階を求めている合図です。

 

努力を減らすのではなく、在り方を見直す。

それもまた、成長の一つなのですから・・・。

「このサプリメントは、私の身体に合っていますか」

相談者のXさんは、そう尋ねました。

 

サマンサのもとには、時折このようにサプリメントや化粧品についての質問が寄せられます。目に見えないものを扱う仕事をしているからこそ、身体に取り入れるものについて不安を感じるのは、自然なことなのでしょう。

 

視えてくるのは、サプリメントそのものの良し悪しではありません。

効果は確かにあるようです。けれど、年齢を重ねるにつれ、別の問題が浮かび上がってきます。

それは、身体に不要となった成分が、うまく排出されずに溜まってしまうことです。

 

効き目があるからといって、その成分すべてが、今の自分の身体に必要とは限りません。

サプリメントは「補うもの」。日常を支える主役ではなく、あくまで脇役として、時折取り入れる程度が望ましいのです。

 

では、サプリメントに頼らず、健康を保つために何ができるのでしょうか。

答えは、特別なことではありません。

睡眠をとり、食事を整え、一定のリズムで生活すること。

つまり、規則正しく暮らすという、ごく基本的な生き方です。

 

決まった時間に起き、食事をし、日々のルーティーンを大切にする。

その積み重ねが心と身体を整え、結果として健康へとつながっていきます。

 

身体は、私たちの生き方を映す鏡。整った生活のリズムこそが、何より確かな養生なのですから・・・。

■ 鑑定受付について

コロナ禍以降、鑑定は会員様およびご紹介者様のみに限定してまいりました。

これは鑑定の質と場の清浄さを保つための判断であり、現在もその方針に変わりはありません。

 

ただ近年、「どうしても一度だけ話を聞いてほしい」「紹介を受ける機会がないまま悩み続けている」といった切実なお声が複数寄せられるようになりました。

熟考の末、鑑定の本質を損なわない範囲で、限定的に一般の方の受付も再開することといたしました。

 

  • 一般受付開始:会員受付開始日の2日後より
  • ご予約可能時期:1か月前から
  • 予約方法:電話受付のみ
  • 一般鑑定:45分まで一律料金
  • 会員鑑定:1時間まで一律料金

 

なお、鑑定枠の大半はこれまで通り会員様を優先しております。

一般受付はあくまで例外的な措置であり、状況により再度制限する場合もございますことを、あらかじめご理解ください。

 

■ マスコミ・宣伝活動について

これまで同様、マスコミへの露出や過度な宣伝を行う予定はございません。

鑑定は“静かな縁”の中でこそ正しく機能するものと考えております。

本ブログでの告知も、必要な方にのみ届くことを願ってのものです。ご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

本日は、サマンサ「心霊の世界」講演会にご参加頂き、誠にありがとうございました。

異例の2月開催となりました旨、皆様にお知らせしました。

平素よりご縁をいただいている会員の皆様に、心より御礼申し上げます。

長きにわたり静かに鑑定の場を守り続けてこられましたのも、皆様のご理解と節度あるお心遣いのおかげにほかなりません。

 

■ 事務所移転について

現在の事務所が入居しているビルにおいて、配管工事を含む大規模改修が決定したため、やむを得ず移転する運びとなりました。

経営上の理由や業務縮小によるものではございません。

 

また、これまで納涼会等で利用してまいりました同ビル内のホテル・ヒルトン東京のラウンジレストランも、同様の理由によりしばらくの間休業となります。

当方のみの事情による移転ではないことを、誤解なきようお伝えいたします。

 

移転先は 現在の場所の斜め向かいのビルとなります。

安全と静穏を保つため、部屋番号はご予約確定後にのみ個別にご案内いたします。電話番号に変更はありませんのでご安心下さい。

 

鑑定は、数をこなすためのものではなく、

「本当に必要なときに、必要な方へ届くこと」

を何より大切にしております。

 

今後とも、会員の皆様との信頼関係を軸に、変わらぬ姿勢で務めてまいります。

つづく

人は、自分を否定するとき。

 

魂は知っています。

この世の学びは、決して単純ではないことを。

時間がかかり、迷い、立ち止まることも含めて、ようやく一つの理解に辿り着くということを。

 

難しいことだと本当に理解できたとき、人は自分を責めなくなります。

できない現実を、静かに受け取れるようになるのです。

 

もし今、「なぜ私は上手くできないのだろう」と自分を否定したくなったなら。

それは、あなたの魂が物事の本当の難しさに気づこうとしている合図です。

 

責める必要はありません。

否定する理由もありません。

学びの途中にいる自分を、そっと認めてあげるだけでよいのですから・・・。

思うようにできない自分を、強く否定してしまうXさん。

「私は私が嫌いなのだと思います」

そう語る姿は、怒りや不満を誰かに向けているようでいて、実はその矛先はすべて自分自身に向いていました。

 

誰かに文句を言いたいのではありません。認めてほしいわけでも、要求しているわけでもない。ただ、できない自分が許せないのです。

「もっと上手くできるはずなのに」

その思いが、心の中で何度も繰り返されています。

 

外から見ると、まるで幼い子どもが床に座り込み、思い通りにならない現実に駄々をこねているようにも映ります。

しかし、その子どもを責める大人はいません。

理由があることを、皆どこかで分かっているからです。

 

人は、自分を否定するとき、物事をどこかで「簡単なはずだ」と見積もっています。

本当は難しいことなのに、「できて当たり前」「できない自分がおかしい」そう思い込んでしまうのです。

つづく

 

P.S. 滋賀県「とも栄」が東京日本橋三越の「あんこ博覧会」に出店します。

開催は、2026年2月6(金)~14(土)まで。今年も美味しいお菓子に出会えそうです。

もし、扉が静かに開くように、深淵で澄みきった仏の世界へ入ることができるとしたら。

そこには、果てしなく広がる平和な空間があることでしょう。

 

お経や御真言、お題目を唱えると、まるで特別な力が働いたかのように、目の前の空気が変わる瞬間があります。

それは魔法ではなく、仏の世界に触れた感覚なのです。

 

では、「仏の世界」とは何でしょうか。

そこに身を置くと、自分という存在と、自分の魂とが、確かにつながっていることに気付かされます。

 

私たちは日常、頭で考え、理屈で判断して生きています。

しかし、その思考が、魂の本音と一致しているとは限りません。

本当は、自分自身のことを、自分がいちばん知らないのかもしれないのです。

 

けれど、仏の世界に一歩足を踏み入れると、魂との距離が自然と縮まります。

思いと行動が乖離せず、向かいたい方向へ無理なく進める感覚が生まれます。

そのとき、人は「思いが現実になる」という意味を、体感として理解するのです。

 

読経をする機会があるなら、あるいは、読経の響く空間に身を置くことができるなら、それはすでに、仏の世界に入っている状態だと言えるでしょう。

 

静けさの中で自分自身を確かめるとき、魂は安心し、身体もまた安定していきます。

仏の世界とは、どこか遠くにあるものではなく、自分と深くつながるための場なのですから・・・。

娘は、いわゆる「イヤイヤ」を覚えました。

気に入らないことがあると首を振り、声をあげて訴えます。

 

それは、母親である私が出産のため里帰りしていた頃のことでした。

その間、両親と同居していた兄夫婦と数か月を共に過ごしていました。

 

義理の姉は、思い通りにならないと感情を表に出すことがあったようです。娘は、そのとき、まだお腹の中にいました。

そして生まれてから三か月ほどで、自宅へ戻ってきました。

何も知らないはずの娘が、まるで見てきたかのように同じ振る舞いをする。「イヤイヤをすれば、思い通りになる」そう覚えたかのようでした。

 

多くの大人は、赤ちゃんはお腹の中では何も分からないと思いがちです。

けれど、サマンサが視る限り、赤ちゃんはすでに周囲を感じ取っています。

 

言葉ではなく、空気や感情、態度を通して、大人たちの姿を観察し学んでいるのです。

 

赤ちゃんは、教えられる前に、真似る存在。

だからこそ、私たち大人の在り方そのものが、そのまま子どもに映し出されます。

 

子育てとは、子どもを正すことではなく、自分自身を見つめ直す時間なのかもしれません。

 

お腹の中から、小さな魂はすでに人生を学び始めているのですから・・・。