霊能者サマンサの霊体験<明松庵>

霊能者サマンサの霊体験<明松庵>

明松庵は、東京都新宿区西新宿にあります。世界の霊能者サマンサ(僧侶:明松)のお店です。
http://myoshoan.info/

霊能者であり僧侶のサマンサです。
私は、人や場、出来事に宿る目に見えない領域を読み解き、神仏や魂意識と対話しながら、多くのご相談に向き合ってきました。

このブログでは、霊的な体験談や日々の気づきを通して、「本来の自分を取り戻すための視点」を静かに綴っています。
恐れや依存を煽ることなく、生き方の助けとなる言葉をお届けできれば幸いです。

年に4回の『心霊の世界』講演会、5月に日帰りのパワースポット巡り、7月はヒルトン東京で納涼会を開催します。

明松庵 ℡ 03-3344-3755 受付:11時~18時 水・土日祝を除く
*時短営業、臨時休業日あり(明松庵LINEでご確認頂けます)

サマンサは、再び都電に乗り雑司ヶ谷へと戻りました。

トコトコと街を縫うように走る都電は、急ぐことを忘れさせてくれます。

駅と駅の間が短く、信号で静かに停車するたび、どこか懐かしい時間の流れの中に身を置いているような感覚になります。

 

雑司ヶ谷の駅で下車し、東京都指定有形文化財である旧宣教師館を訪れました。

入館は無料。静かな佇まいの館内に、観光客の姿は見当たりません。

洋館は、装飾を誇るというよりも、慎ましく、しかし確かな意志をもって建てられた印象です。

建築意匠に目を留めながら、用意されたパンフレットを手に、上履きに履き替えて館内を歩きます。床がきしむ音が、時を超えて語りかけてくるようでした。

建物には、人の思念と時間が静かに染み込んでいます。

そこに立つだけで、言葉にならない記憶の層を感じ取ることができます。

 

旧宣教師館を後にし、雑司ヶ谷霊園へ向かいました。

広い霊園の中を行きつ戻りつしながら墓所を探す姿は少し滑稽に思えますが、この「探す」という行為そのものが、導きの一部であることもあります。

 

やがて、小泉八雲の墓に辿り着きました。

花立には、手向けられたばかりのような美しい墓花。今なお多くの人々に想われ、静かに語り継がれている存在であることが伝わってきます。

文学者として、異界の語り部として、この地に眠る理由をあらためて感じさせられるひとときでした。

 

さて、あなたも一日かけて、神社仏閣を参詣しながら、都内をゆっくりと歩いてみませんか。

足を運ぶことでしか感じ取れない気配が、きっと、静かにあなたを迎えてくれるでしょうから・・・。

 

旧宣教師館

 

小泉八雲の墓

雑司ヶ谷の鬼子母神、そしてほど近い大鳥神社での参拝を終え、都電荒川線に乗ってみることにしました。

 

最寄りの鬼子母神前から三ノ輪へ。

車内に一歩足を踏み入れると、まるで時を遡ったかのような、どこか懐かしい空気に包まれます。レトロな車両は、今も静かに街と人を結び続けていました。

途中の駅では、ホームに入口を持つ和菓子屋さんが目に留まり、この路線が日常に寄り添ってきた歴史を感じさせてくれます。

 

三ノ輪駅で下車し、街を歩いてみました。

この一帯は、樋口一葉が暮らした竜泉、小説『たけくらべ』の舞台として知られる土地です。今もなお、言葉にならない気配が、街の奥に残っています。

 

しばらく歩くと、かつて吉原遊郭があったことを偲ばせる一角に辿り着きました。

幕府公認の地であった名残として、周囲とは異なる四角く区切られた町並みが現れます。

 

そこには吉原大門、そして遊郭の入口付近にあった柳の木「見返り柳」の碑がありました。

名残を惜しみ、振り返りながら帰路についた人々、その想いが今も静かにこの場所に留まっているようです。

江戸の風情と、人の心の機微が重なり合う場所でした。

 

大河ドラマ『べらぼう』ゆかりの、小さな吉原神社にも参拝しました。

また、耕書堂の看板を掲げたお店も見かけましたが、現在は短期間の土産物店として使われているようでした。

 

土地は、人の営みを記憶します。

歩くほどに、その層が静かに語りかけてくる、そんな散策となりました。

つづく

  

 

 

 

 

 

 

 

 

元旦の朝、自宅近くの熊野神社へ出かけました。

鳥居の前から参道、拝殿まで参拝客が並び、晴れた青空が新年の始まりを静かに照らしていました。

 

拝殿の背後には、西新宿らしい高層ビル群が見えます。古くからの神域と現代の都市が同じ景色の中にあることに、神は特別な場所だけに在るのではないとあらためて感じます。

社務所で干支のぬいぐるみの根付けを求め、限定の御朱印を購入しました。

 

参拝に向かう際、熊野神社の御神体がサマンサと共にいることを感じました。私が神社へ行く以上、どうするのだろうと思いましたが、拝殿に留まることはなく、帰りも変わらず一緒でした。重さはありませんが、確かな存在感があり、まるで肩に猫を乗せて歩いているような感覚でした。

 

霊的な存在は、必ずしも場所に縛られるものではありません。

初詣とは神社やお寺に行く行為そのものではなく、一年の在り方を確かめる時間なのです。ご神体と一緒に、静かな元旦の出来事がそれを教えてくれたようです・・・。

 

 

 

 

 

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

 

まるで時代の歯車が――ガチャン、と音を立てて切り替わったかのように。

今年はいよいよ、大きな「変化」と「開運」が動き出す年となりました。

 

サマンサのブログ「心霊の世界」では、言葉では説明しきれない出来事、目には見えない領域の真実をお伝えしています。

多くの方から寄せられるご質問や体験談は、決して偶然ではなく、すべてが意味を持って繋がっているものです。

 

その深い内容については、講演会にて詳しくお話ししています。

知ることで、世界の見え方が変わり、ご自身の運命の流れを感じ取れるようになるでしょう。

 

また、明松庵の公式LINEでは、営業日やイベントなどのご案内をお知らせしております。

引き続き、このブログでも最新情報を発信してまいります。

 

サマンサのそばには、常に「鳳凰」と「龍神」が寄り添い、

八百万の神々が「共に手を貸しましょう」と静かに見守っています。

神仏と深いご縁を結ぶ霊能者として、ご縁をいただいた方々に、必要な守りと力をお渡しすることができます。

 

新しい年の始まりにあたり、皆様のお清めとお祓いを行い、

健やかさと幸運が力強く続いていくよう御祈願いたします。

 

本年も、必要な方のもとへ導かれ、確かな変化と守りをお届けできますように。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

年末年始、有名な神社仏閣は、想像を超える人混みとなります。

祈りの場でありながら、人の気配と熱気に包まれ、静かに向き合う時間を持つことが難しくなることもあります。

 

そのためサマンサは、街が慌ただしくなる少し前――

クリスマスを過ぎた頃から、神社仏閣を参拝するようにしています。

 

どの社寺も、紅白や金色の垂れ幕が掲げられ、新しい年を迎える準備に追われていました。

境内には、これから訪れる無数の願いを受け止めるための張りつめた静けさと、凛とした空気が漂っています。

 

先日は、雑司ヶ谷に鎮座する鬼子母神を参拝しました。

新宿から都バスに揺られ、見知らぬ街の裏路地を歩く時間もまた、心を整えてくれます。

 

境内には、昭和の面影を残す駄菓子屋さんがあり、どこか懐かしく温かな気配に包まれていました。

 

参拝を終え、参道左手の路地を進むと、大鳥神社があります。

そこには茅の輪が設けられていました。

 

不思議なことに、茅の輪をくぐろうと正面に立つと、はっきりとした向かい風を感じます。

いったん離れ、再び正面に戻っても、また同じ風が吹くのです。

 

茅の輪の「こちら側」と「向こう側」。

空気の質が、明らかに違うのを感じ取ることができました。

目には見えなくとも、境界は確かに存在しています。

つづく

 

*今年も多くのご縁をいただき、心より感謝申し上げます。

皆様の祈りと想いに触れながら、共に歩ませていただけた一年でした。

またお会いできる日を楽しみにしています。

どうぞ健やかに、新しい年をお迎えください。サマンサ

 

雑司ヶ谷鬼子母神

 

   

参道と境内にある駄菓子屋さん

 

 

大鳥神社と茅野輪  

彼女の夫は出世していきました。

今では会社のトップに一番近いポジションです。

 

しかし、彼女が社宅生活で培った生き癖は消えません。

自分だけが喜んではいけないのです。

 

嫉妬する人たちがいました。上手くいっている人が羨ましいのです。

彼らと上手く付き合うために、喜べません。

彼女は喜ぶのをやめてから、喜ぶことが出来なくなりました。

 

彼女は誤解していたようです。

あなたが喜ぶことで、どれだけたくさんの人が幸せになれるのか、気付いているでしょうか。

あなたの喜びは、幸せのお裾分けなのですから・・・。

彼女は喜ぶことを忘れてしまいました。

私だけが幸せになってはいけないと思っているからです。

 

夫の赴任にあわせ会社の社宅で暮らしていた時です。

引っ越した社宅の周囲には、誰も知り合いはいません。

社宅の中で他人と上手く暮らしていかなくてはならないと考えました。

 

当時の社宅暮らしは、愚痴を言う人たちも多かったようです。

現実は夫の出世競争ですから、やむを得ないのかもしれません。足を引っ張るつもりはなくとも、他者が上手くいくことを喜ぶ人ばかりではありませんでした。

つづく

4歳になる娘は、生まれてくる前の記憶を話してくれました。

「ママは私がお腹にいる時に何も話してくれなかった」「だから私は寝てばかりいたので眠くないの」と言います。

 

それを聞いたママは、確かに子どもを授かったもののお腹の子どもに興味が持てなかったとか。話しかけることはなかったそうです。

子どもの頃はたくさん眠るはずなのに、あまり寝たがらないのが不思議でしたが理由が分かりました、とXさん。

 

また「ママのところへ来るときに傘をさして降りてきた。傘の上に弟がいた。戻ってみると弟はもういなかった」と。今の弟の存在についても話してくれたそうです。

 

赤ちゃんは天上界であなたを探し、お腹の中でもママの様子を視ているのですから・・・。

私が中学生の時です。

受験に失敗して、滑り止めで受験した中学校へ行くことになりました。

しかし、評判が良いとは言えないその学校の生徒たちの成績は思わしくありませんでした。

 

私は在学しているのが嫌になりました。ダメな大人になりそうで怖かったのです。

思い切って転校することにしました。

元の学校に戻ったのです。

恥ずかしさもありましたが、何事もなかったように月日は経っていきました。

 

転校することを躊躇っていた私です。

実際には転校したはずですが、私の魂はいまだ滑り止めで受験した中学校にいます。学校を移ることを遠慮し、惨めな気持ちのまま中学校に残っているのです。

 

サマンサは、彼女を救い出してあげました。

現実を実感できたのです。

晴れた気持ちになった、とXさん。

 

さて、あなたが前に進めなくなった時。

あなたの魂は、過去に置き去りになっているかもしれません・・・。

上野の寛永寺を参拝しました。

創建四百周年を記念し根本中堂に奉納された傑作天井絵東京芸術大学名誉教授の手塚雄二画伯による「叡嶽双龍(えいがくそうりゅう)」が一般公開されています。

 

通常は非公開の根本中堂中陣です。

天井画に描かれた阿龍と吽龍の「八方にらみ」は、どこから眺めても龍と目が合います。また阿龍の手に青く浮かぶ梵字も確認できました。

さらに、根本中道須弥壇に祀られる仏たちは圧巻です!

御朱印と護符を頂きました。

 

サマンサは、鶯谷駅から歩いてみました。上野のお山を感じ遠くにスカイツリーが見えました・・・。 

 

*年内の営業は12月26日まで、年始は1月8日から営業開始です。ご不便をおかけしますが何卒ご了承下さい。

なお、お電話鑑定は通常通りです。いつでもご利用下さい。