現代人を四国遍路に駆り立てる力は何か。歴史的に形成されてきた四国の聖地空間としての特性や、遍路巡拝過程の特質、現代という時代状況などを勘案して、所見を記して下さい。
先日、河口慧海『チベット旅行記』を読んだ。慧海の目的は、仏教の原典をチベットに求めること、ヒマラヤの山中で清浄妙法を専修すること、である。鎖国で通常ルートでは入国できない為、道なき道を歩き続ける。7千m近辺の雪と氷の世界を彷徨い何度も死に瀕すが、仏に祈りを捧げ救われる。ヒマラヤの峰々を曼荼羅と観じ須弥山を肌に感じながら踏破する。
四国遍路と条件は違うが、行きたいと駆り立てられる。人を駆り立てる条件=人を引きつける条件とは何であろうか?個々人が四国遍路(広義で捉える)に引きつけられる条件を考察してみる。
①場所(対象):四国。番外を含む百八カ所の札所。札所を結ぶ遍路道。
→札所:信仰の聖地。文化財。観光スポット。巡礼者、観光客、地元住民の交流場所。
→遍路道:道自体が聖地(同行二人)。修行場。接待を含め地元民との交流場所。広義では、ハイキング、サイクリング、登山道、自然道、としての使用。
② 手段:巡礼方法。飲食。宿泊場所。
→巡礼方法:徒歩。自転車。自動車。公共交通機関。
→飲食:托鉢。ご接待。コンビニ。食堂、料理屋。宿泊施設。
→宿泊場所:野宿(遍路休憩所等)。善根宿。遍路宿。他宿泊施設。温泉・浴場施設。
③期間:所要日数。時期。
→所要日数:目的、手段に応じてまちまちであり、1日~無期限。
→時期:通年(夏冬よりも春秋が人気)。弘法大師の御遠忌(生誕、開創、入定の各50年毎)前後に人数増加。
④目的:巡礼。旅行。スポーツ。職業。研究。
→巡礼:菩提(さとり)、現世利益(息災、増益、敬愛、降伏→病気平癒、合格祈願、商売繁盛、心願成就、etc.人の願い)を求める。人との交流。
→旅行:信仰に縛られない旅(慰安、研修、新婚、観光、温泉、家族、食、etc.)。
→スポーツ:マラソン、ツーリング等の競技、健康維持に関すること。
→職業:先達、旅行業者、宿泊業者、道路維持、等前述の①②に関する仕事。
→研究:文化財調査、歴史、文化等に関わること。
以上が、四国遍路に関わる項目であるが、多岐多様に富んでいることがわかる。
人を引きつけた結果である集客力(観光者数)をみると、京都(55百万人)、高野山(2百万人)、TDL(14百万人)、四国(12百万人)、四国遍路巡礼(0.3百万人)となっている。
2015年に日本遺産(文化庁主催)に「四国遍路」~回遊型巡礼路と独自の巡礼文化~として認定された。New York Times紙は52 Places to Go in 2015の35位に「四国遍路」を選んでいる。このように世界的視野で見ても四国=「四国遍路」で理解され始めている。
「四国遍路」は、①~④の組み合わせにより全世界の様々な要求に答えられる懐の深さと魅力、吸引力を持っている。
平成22年に結成された「四国八十八箇所霊場と遍路道」世界遺産登録推進協議会には県・市町村(61団体)、地方支分部局(8団体)、大学(3団体)、霊場会(1団体)、経済団体(8団体)、NPO等(9団体)が属しALL四国の体制で世界遺産登録を目指している。また、文化庁の観光立国推進基本計画の趣旨にも沿う内容であり、国家事業の体をなしつつある。
平安~江戸時代までの律令、封建制度での遍路。明治以降の近代での遍路。時代時代の要請、要望を反映し①~④の比重は変わるが源流には「お大師様」が常にある。この運動が資本主義(拝金主義)に流された慈悲の心を忘れた邪道に決して陥ってはならない。
世界遺産登録場所である東寺、醍醐寺、仁和寺、高野山、更に四国が加われば更にお大師様の思想が全世界に表示され、人々を駆り立てる力は増す。
参考文献
河口慧海『チベット旅行記』白水社 1978年発行
河口慧海『第二回チベット旅行記』講談社 1981年発行
加賀美智子、村上保壽、山陰加春夫『遍路学』高野山大学通信教育室 2004年発行
森正人『四国遍路の近現代』創元社 2005年発行