このちゃんが黄昏ています。
・・・・というか。
このちゃんは認知症状が進み、
物事がよくわからず、目もほとんど見えず、
鼻も慢性鼻炎でほとんど効かず、室内を徘徊する日々。
このちゃんは、玄関とかにも降りて来て、
ほおっておくと、延々とグルグル
グルグル回っています。
延々と・・・
グルグルグルグル
グルグルグルグル
今、施設で一番歩いているには、
木の葉ではないだろうか??
以前、テレビで重い認知症状の高齢の旦那さんの
お世話をする奥さんに「辛くないですか?」と
インタビュアーが聞いたら
その奥さんがこう答えていました。
「神さまが、あなたの旦那さんは何か1つ
病気をしなけれならないから何か1つ選びなさい」
そう言われたら、私は迷わず
「痴呆がいい!」と言います。だって、
痴呆は本人は困ってないし、痛くないでしょ?
この言葉が真意かどうかはわかりませんが、
認知症状と身体症状がどんどん悪化していく
母を介護していて、
この言葉を言えるってことは、
本当にこの気持ちがあるんだろうなぁ・・・
この奥さんはすごい人だなぁ・・・
と思ったことを思い出しました。
そうなんですな、認知症状が進むと
本人は気持ちも考えもどんどん夢に中にいるように
なるので、身体的病気と異なり、
多くは身体的痛みは伴わず、
その分、家族や介護者に多大な負担がかかります。
配偶者の認知症状は、確かに本人は
病気がなければ痛みもなく、
記憶という夢の中で暮らすのですが、
介護者にとっては、どんなに穏やかな相手だとしても
大変なことです。
だって、
痴呆は本人は困ってないし、痛くないでしょ?
この言葉。。。。なぜか、私は覚えているんですね。
徘徊している木の葉を見ていると、
慢性鼻炎はかわいそうなのですが、
他の身体的病気のように、
気持ち悪くて食べられない・・・とか、
元気がなくぐったりしている・・・とか
なく、ただただ歩いているんですね。
ご飯もあるだけ食べてしまうので管理が必要ですが
それでもモリモリ食べてくれるし。
*木の葉は耳を扁平上皮癌で切除し完治しています。
さっき、新入りのピーチやまよ、むーちゃんに
叩かれた木の葉
目がよく見えていないし、猫が前にいても正面から
寄っていってしまい、避けないもんだから、
正面にいる猫に叩かれてしまうんです。
まぁ、正面にいる猫も怖いわけです。
「え?なんでぶつかって来るの???」って。
そんなんで、叩かれてしまうこのちゃん。
愛さんが「可哀そうだ!可哀そうだ!」と
木の葉だけ一人部屋に入れてあげよう!
と言います。
ちなみに。。。。木の葉のシッポは
油ラインがものすごく汚れるので、
風通しを良くして、たまに洗浄します。
洗っても、すぐに真っ黒・・・
さっきも叩かれて・・・
何を考えているのかなぁ・・・・
愛さんは叩かれるのが可哀そうだから、一人部屋に!
というのだけど・・・・・。
私が幼いころ、父の田舎に行くと、
寝たきりの祖母が部屋で寝ていても、子供たちが
「わーーー!わぁーーー!!!」とか騒ぎながら、
ばぁちゃんの上に転がっちゃったり、ばぁちゃんに
つまずいたりするんですね。
ばぁちゃんは@「ぐえーーー!!!」とか
言うもんだから、私が
「おばぁちゃん、誰も来ない奥の部屋に
ふとん引っ張ってあげようか?」
と言ったら「ええ。ええ。子供たちの声が聞こえて
姿が見えた方がええよ」と言うんですね。
何も起こらない、誰もいない部屋よりも
何かが起こる。みんながいる部屋で
死にたい。
そういうことだったんだろうなぁ・・
なので
「愛さん。誰もいないなんの刺激のない部屋よりも
みんながいて、いろいろ起こる部屋の方が
いいじゃないですか。
確かに叩かれるのは可哀そう
なんだけど、本気パンチじゃないし、
それに・・・・木の葉は、もうそんなに
感覚が鋭敏じゃないから、なんかわいわい
かしましい方がいいじゃないですか」
そんなこと風に、言いながら、
サッシを閉めたり、居場所を動かしたりと
対応しつつ、やはり・・・
みんなと一緒に過ごしているこのちゃんなのでした。