私たちは不妊治療をしている。

その間、なんどもダンナの飲酒で中断された。

ここ1年は、積極的に病院で治療は受けず、投薬だけであとは自然にタイミングだけ。

そんな時期じゃない、という感じだ。

でも、やっぱり、私は子供がほしい。

ダンナは、女性の体のこと、そんなに理解してないし、そのうち、、、なんて思っている。

数日前に大喧嘩した。

私はもう一度、専門病院で高度不妊治療をと望んでいる。

ダンナは、ためていた気持ちをはきだすように、ゆっくりと言った。

仕事もまだなれないし、断酒も不安定だ、お金のことや、これからのこと、断酒、AA,心療内科、、、、今は、治療のことをまだ考えられないと。一番大事なことは断酒なんだ、と。


でもね、わたし、もう待てない。

もう年齢的に限界なのは、お医者さんに3-4年前に言われたよね?


ダンナの断酒が続いているからっていいことばかりではない。

次々にとりかからなければいけない問題はあるのだ。


今日一日だけ、というのはよくわかるけど、将来のこと考えるんだよ、普通の人は。


ダンナの連続飲酒や施設への入院で、わたしが精神的に限界だったときは、幸せそうにあるく家族連れを見るのが苦しかった。


アルコール依存症の親を持つと、その子供はどうなるか、それはわかっている。

ダンナも私も、ACだ。


でもね、やっぱりほしい。

何年も何年もそればかり考えている。

そして、本当のかぞくになりたい。

ダンナがアルコール依存症であることは300%間違いない。

コントロールができないのだ。


アラノンで、いろいろなダンナとの問題を話すと、アル依だからねー、アル依は本当にそうだから仕方ない、となるのだけれども、アルコールで脳がおかしくなったのか、ほかの障害があるのかわからない。


友人が仕事である賞を受賞して、数日前にその受賞記念講演+パーティにダンナとでかけた。

わけのわからない難しい話を2時間、正直つかれた。

でも、わたしはおとなしく座って、拍手をしたり、わかるところはホーッと納得したりして水を飲みながら聞くことができる。

ダンナ、子供みたいだった。

普段から、落ち着きがなく、思いつきで行動する人だとは思っていたけれども、この日はひどかった。

前から2列目のほぼ中央に座った私たち。

なのに、10分とおとなしくしていれないのだ。

風邪を引いていたことをさしひいても、薬を飲んで、鼻をかんで、ごそごそして飴を食べて、隣の人と話したり、すぐに携帯で話をするために席をたったり、かと思うとその友人の講演に対してまるでずっと聞いていたかのように茶々をいれたり、そして直後に席をたったり、隣の人のタブレットで遊びだしたり。。

正直、恥ずかしかった。


パーティーでは、次々と提供されるワイン、その前の講演でなんだかハイに見えたダンナが飲んだら、、と心配したのだけれども飲まなかった。

ただ、なんだか落ち着かない様子で、次々といろんな人の輪に入り話していて、なんだか変だった。

しばらくすると落ち着いたのか、戻ってきてとにかく私たちは食べまくったのだけれども、ああこの人って外でもこんな感じなのか、というか家にいるよりも落ち着きがないじゃん、と思った。


久々のオシャレな感じのパーティで、食べ物もおいしく、ジュースもデザートも豊富で私は楽しかったし、友人も楽しそうだったし、ダンナも落ち着きがないのは気になったけれども、(そういう風に見ているの私だけか?)楽しんでいた。


仕事上では、おそらく、自己主張の強い、押しの利く、エネルギッシュな、、的な人物で通っているのだろう。

ただ、この日の行動は、私的にはショックだった。

周りが見えてないのだ。


家では、おそらくAAのステップでいろいろと考えることがあるのだろう、私に対する態度はかなり改善して、私の気持ちを考えてくれたり、手伝おうという意図はみられる。

だから、アルコール依存症であることを認め、AAに通い、精神科医の診察をうけることで、生活が落ち着いてくることを期待していた。


エゴが強い、自己愛性人格障害ぽい人だとは思っていたけれども、もしかするとそれ以上のなにか精神的疾患があるのかも、と思ってしまった日だった。


2月12日 (途中まで書いて下書き保存したままでした。)


今朝は、ダンナの通う断酒会のようなグループがバレンタインを前に、家族を招待して朝食会を催したので早起きして参加した。


アルコール依存症、薬物中毒、ギャンブル、借金、浮気、さまざまな問題を抱えた人たちが、その経験を語り、人生を立て直していこうというグループなので、以前からダンナは参加していたのだが、私的にはそれってどうなの?という部分も多かった。

ダンナの問題はアルコール。それも重症。

だからAAにも通ってほしかったが、たぶん、自分はあんなアル中じゃない!というのがあったのかな、AAを拒否していた。


このグループのいいところは、それぞれ問題や過去の無茶苦茶な人生を話すんだけど、それよりも、精神的な何かを得て、すべての罪をつぐない、許しを求め、神の力を信じ、自分は生まれ変わるんだ、というどちらかというとかなり宗教的なところ。

ただAAが無名の、というのとは違い、こちらは、グループのメンバーが助け合って、ビジネス上でも成功しましょうという感じなので、会場となるレストランも結構いい場所を使ったり(たぶんメンバーの)、会報には商売をしているひとの広告であふれ、泊りがけのイベントも結構な金額を要求したりする。

そのへんが、わたしとしてはうーん、という感じかな。


最近ではダンナはAAには毎日通い、このグループには週1-2回通っている。

AAの話をたまに私にするけれども、めずらしく控えめに謙虚に参加しているようだ。

自己主張、エゴの塊のようなこの人が。


----------------------


そして、2月14日 バレンタイン


だからといって、騒ぐようなお年でもないので。

午後から私はアラノンに行った。


だんだんと、アラノンのよさがわかってきたような気がした。

もう感情的になって泣くことはほとんどない。

というか、そういう話をすることを避けているんだけれども。


そんなに事態が急転、好転することはないのよ、少しずつ、時間をかけて、でも徐々に良い方向に向かっていることを信じましょう、といつもこのグループの代表の女性が声をかけてくれる。

おそらく70歳すぎの女性だ。

この人なら、母にも話せないこと、一人で悩んできたダンナのこと、いつかすべて話してみたい、と思ったりした。


この日は、私は手短に話した。

毎年、毎回、こういうイベントが嫌いだ、と。

バレンタイン、クリスマス、年末年始、誕生日、お祭り、、、

必ず、その前後にダンナが飲み始めていたから。

楽しくすごしたイベントなんて、数えるほどだ。

2年前のクリスマスは、静かに過ごして義実家にも行って、クリスマス礼拝に教会にいって、さあ帰ろうよ、と話していたところ友達と会い、友達のうちに行こうとごねるダンナ、絶対に飲んでしまうから行きたくないという私で教会の前でケンカ別れ。そしてその夜に連続飲酒が始まった。

だから、今日は、仕事が終わったらどうかAAに行って、それから家にまっすぐに帰ってきてほしいと話した。


アラノンの帰りにケーキ屋でチョコレートケーキを買おうかなと思ったけど、もし万が一、飲んで帰ってきたら、という思いを払拭することができず、やーめたと思った。


ダンナは少し遅くなったけれども、ちゃんと帰ってきた。

やっぱり、ケーキ買えばよかったかな?


ゴディバのチョコレートがなくても、イベントを飲まずにすごせた、それだけでいいかと貧しい(じゃなくて質素な?)夕食を自宅で食べながら思った。


アラノンである方が言っていた。

嵐の後には必ず静寂がくる、と。

まさに、そのときを私たちは今すごしている。

また大きな嵐がめちゃくちゃに私の静かな生活を破壊することがないようにと願いながら。

おひさしぶりです。

魔の連続飲酒期間を過ぎ、ついに会社をクビになり、そして再就職に苦労している間、彼はAAに通い始めた。

絶対に行きたくないと当日の朝までごねていて、私がついて行くことで渋々納得した心療内科にも、今では嬉々として毎週通っている。

こういうことってあるのだろうか、この精神科医がなんと断酒20年ほどのAA会員なのだ。

そして、そのクリニックというか彼の自宅のガレージをAAの会場として提供しているのだ。

行ってみたその日まで知らなかった。入ってみて、え?すごい偶然というか、これこそ神の導きなのか、と驚いた。気が合うし、いろんなことを話せるようで、本当にいい方にめぐり合えた。


なんとか再就職もできた。

クリニックはちょっと遠いし、AAの会場も少し離れたところをたまたま選んでしまったようだ。

何週間か通ううちに、実は自宅のすぐ近くにもあることに気付き、ある日行ってみたらしいが、何だかそこは合わないらしい。結局、遠いほうへ歩いて通っている、ほぼ毎日!


私にアラノンには行かないのかと聞いてきた!

アルコール依存症者の家族であることをやめよう、(別れよう)と決意していたのでアラノンにはしばらく行っていなかったけど、また行き始めた。


まだまだ、うらみつらみはあるし、アラノンに通っても、まあしゃべることはいいんだろうな、という気持ちはあるものの、ハイヤーパワーとかはまったく感じられない。


でもね、今回の、ダンナの変わりようはすごいよ。

期待70%、期待しすぎるな30%くらいで見てみよう。


失職中は掃除も頻繁にしてくれた。洗い物や洗濯もしてくれた。

朝起きると、ぎゅ-っと抱きしめて、出かける前には、またぎゅーっと抱きしめてキスしてでかけている。

もうわかっているよ、て思うのに17時をすぎると、今からAAに行くから遅くなると電話かメール。


無茶苦茶だった生活のリズムを取り戻そうとしている。


アラノンの仲間にもいろいろと話してた。

この先どうするのかは、私がじっくりと決めること、とにかく今はダンナを見守って、できることはサポートしてあげなさい、といわれた。


これが、私たちの新しいスタートだった、と数年たったときにいえるようになるといいんだけど。

どんなにバカな夫でもいい。

どんなにケンカしても、断酒したくてもスリップばかりでも、どんなに貧しくても、別れても、ひどいことをしても、ひどいことをされても、傷つけあってもなんでもいい。

とにかく死なないで。

だからお願いだからなんとか断酒をつづけてほしい。

もし別れた後に、そっと私が家を出た後に、、、


ミエをはって、虚勢を張って生きるのをやめようよ。

あなたも私もそれだけの人間だってこと。

負けを認めて、現実を受け入れて、また一から、ゼロから、マイナスからのスタート。

命がある限りは、何度でもやりなおせる。


支え続けるのにもう疲れた。がんばったね、でももういいんじゃない、これからは私があなたの面倒をみるから何も心配しないでと誰かに言ってほしい。