早見和真さんの中学受験と家族をテーマにした小説をご紹介します。ちなみに正式な題名は、問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』です。

 

あらすじ
小学6年生の十和は、家族の幸せの形がわからない。楽しい母、やさしい父、かわいい妹。それなのに、どうして心がこんなに荒むのか。苛立つ十和に対して、母はなかば強引に中学受験を決めてしまう。このわだかまる気持ちをぶつけられるのは、LINEで繋がる「あの人」だけだ――。ここから逃げ出したい。その思いは大阪で一人暮らす祖母へと向かい、十和は大阪の私立中学に進む決意をする。4人が離れて暮らすことに父は反対するが、あることを条件に十和の希望を受け入れるのだった。

バラバラになりそうな一家は、この問題を解決することができるのか? 中学受験を通して家族の成長を描く感動作。

赤字の部分は物語の核心になっているので、ぜひ注目して読んでみてください

 

 

 塾に入ったきっかけ

 

十和は小学3年生の頃から少し早めの思春期&反抗期に突入し、毎日母親とバトルを繰り広げていた。ある日、家族で外出するのを拒んだ十和に、母親は「中学受験をするなら家族と出かけなくていい」と言う。塾に通うのか、家族と外で体を動かすのか、その選択を迫られた十和は迷わず塾通いを決める。

 

しかし、十和には行きたい中学などなく、なぜ母親が中学受験を勧めてきたのかさえわからない。実際、入塾してからも母親は、勉強や成績にまったく興味関心を示さず、「最終的に受験したくなかったらしなくてもいい」とまで言ってくる。

 

時は流れ、六年生になった十和は、相変わらず中学受験をする意味も、行きたい学校もわからなかった。しかし、いよいよ受験シーズンになり、周囲が変わっていく姿を見ているうちに、十和の中で小さな焦りが生まれてくる。

 

野口

十和が塾通いを続けられたのには、三つの理由がある。まず一つ目は、家族と出かけなくていいこと。続いて二つ目は、塾のほうが学校よりも授業がわかりやすく、先生も面白いこと。そして塾通い最大の目的ともいえる三つ目は、大親友の野口がいることだ。野口とは小学校こそ違えど、入塾したタイミングが同じで、これまでテスト結果で決まるクラス振り分けでも、奇跡的にすべて同じクラスで進級してきた。また、野口も中学受験にやる気がなく、家族とも上手くいっていないことから、二人の間には妙な仲間意識が生まれている。

 

 スイッチが入ったきっかけ

 

そんな十和のやる気スイッチが入ったのは突然だった。きっかけは多分、一つではない。けれども一番の理由は、大阪で一人暮らしをする母方の祖母の存在だった。十和はおばあちゃん子で、最近祖母の口から出る「寂しい」という言葉が気になっていた。ちょうど家のムードが最悪というのもあり、十和は大阪の中学校を受験して、祖母の家から通わせてもらえば、家族とも離れられて、一石二鳥ではないかと考えてしまったのだ。

 

さらに大阪にある星蘭女学院という中学が、かつて祖母と母親の憧れの学校だったと知ると、さっそく見学に行った十和は「私が仇討ちしてやる」と変なスイッチが入ってしまう。

 

もちろん両親は大阪の学校を受験することも、祖母と暮らすことにも反対する。しかし、なぜだかかつてないほどのやる気と集中力が漲ってしまった十和は、勉強モードに投入し、またしても母親(と今度は父親も)から出された条件を飲み込むことで、受験許可をもらうことに成功する。

 

受験の条件

母親からの条件⇒祖母に自分で同居の許可を得ること。

 

父親からの条件⇒受験勉強は必ず父親と二人三脚でやること。父親が決めた東京の学校も受験すること。特に父親の母校・啓愛大附属中は必ず受験すること。

 

 学歴信仰の物語ではない

 

こうして十和はしぶしぶ父親と受験勉強をする日々に追われていく。しかし、徐々に鬱陶しいと思っていた父親に、「申し訳なさ」と「感謝の気持ち」が生まれてくる。なぜならこのお父さんはとにかくやさしい。絶対に子供を否定しないし、娘のためならどんな面倒も、体調不良も、顔に出さず笑顔で支えてくれる。十和のために全力を尽くしてくれるのだ。しかし十和は父親から良くしてもらう度に辛くなってしまう。

 

なぜ自分は父親から距離を置きたいと思ってしまうのだろう。こんなに良いお父さんはいないとわかっているのに、なぜイライラするのだろう。

 

十和はそんな自己嫌悪と罪悪感の中で、せめて結果を出すことが恩返しだと考えるようになる。また、十和のために親身になってくれたのはキノッピー(塾の先生)も同じだった。最初はただのお調子者の先生だと思っていたが、相談や面談を重ねていくうちに、誰よりも子供の心を尊重してくれる大人であることに気づく。またしても、どうして自分なんかのためにそこまでしてくれるのか?そんな面倒なことをしてくれるのか?と問う十和に、彼は「そういうことを苦に思わないからこの仕事をしているし、もっと便利に使ってくれていいと思っている」と答える。

 

十和はやがて中学受験を通して自分が周囲から支えられていることを知る。そしてついに合格発表の瞬間には、バラバラになった家族が一つになったと実感する。ここでようやく、なぜ教育ママでもない母親が自分に中学受験をさせたのを理解する十和。しかし、受験の成功はそのまま家族との別れを意味していた。

 

 感想

 

私が次女というのもあり、長女の機嫌ひとつで家のムードが悪くなるあの感じが、イヤというほど伝わってきて、思わず妹に同情しました。ちなみに題名にある「以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい」とは、まだやる気スイッチが入る前に十和が受けた国語のテストの問題を意味します。しかも40字以内で答えよという無理難題。えっ、こんなん40字以内で答えられないでしょ。というか、問題文を作った人、こんな人それぞれとしかいいようのない答えに正解をつけようとしているの?本文にもそれらしきことなんて書いていないんじゃない??

 

と、思ったらそのとおりでした(笑)もちろん最後は十和なりに答えを出すのですが、問題文のもとになった小説の作者が「あの本にそんな高尚なメッセージを込めた覚えはない」「家族の幸せの形に言及した覚えもない」「小説なんてどう読んだっていい」と言っています。つまり十和が思ったことが、どうしようもなく正解だと言っているのです。素敵な言葉~。

 

読解力を磨き上げて導いた答えではなく、自らの経験をもとに自然と浮かび上がってくるような、人の分だけある何通りもの答え。テクニックや訓練ではなく、多くの学びから得た知力で心を育てることの大切さを改めて感じました。

 

実は、十和が急に受験モードに突入した(頑張ることをかっこ悪いと思わなくなった)のには他にも理由があります。

 

それは親の反対を押し切ってでも中学受験を目指している友人の存在です。彼女の家は経済的に厳しく、途中から塾にさえ通えなくなってしまいます。しかし、彼女にはどうしても行きたい学校があり、独学でも最後まで諦めないつもりでいます。

 

ある日、十和は(『店長がバカすぎて』の山本猛店長がいる)書店で、彼女が志望校の参考書を万引きしているところに遭遇してしまいます。そのとき彼女から言われたのは、「経済的にも家族の協力にも恵まれている十和や野口みたいな子が、たいして努力もしないで不満ばかりいっているのに、結局当たり前のようにレベルの高い学校に行くことができて、本当に行きたくて努力している自分が行けないなんてズルい」ということでした。

 

これだけでもズシーンとくるものがあったのですが、なんと十和は野口からも「同じ学校を受験したくない」と言われてしまいます。なぜか「そのほうがいい」と言われたのです。また、キノッピーからも「二人はとことん流されやすい性格だから、ずっと一緒にいると一生互いに流されてやる気スイッチが入らない」と言われます。それだけでなく「流されやすいけれど、どこでもその特性でやっていけるタイプ」「どちらも賢いから人よりも悩んでしまいがち、しかしスイッチが入ったら独走するタイプ」とも言われ、一度ソロで動いた方がが本人たちのためになるとアドバイスされます。

 

確かに先生はよく見ているな、と。この二人は互いを「長谷川」「野口」と名字で呼び合うようなサバサバした関係だけに、スイッチさえ入ればあとは我が道を行くタイプだと思うんですよね。互いに秘密主義だし、弱みも見せないタイプ。だからこそ、片方にスイッチが入ったときに「そうなった」と告白するには、恥ずかしさがあったり、相手を裏切ったことになるのではないかと心配したり、変な照れや遠慮が出てしまうのではないかと。

 

さすがにキノッピーは二人が本気になる時期も見抜いており、双方がそうなったタイミングで「今は自分のことだけを考えろ(相手のことは心配しなくても大丈夫だ)」とアドバイスをしてきます。

 

本書に登場する大人たちは、もうみんなエスパーか!というくらい子供心を理解してくれて本当に凄い。彼らは学歴信仰というわけではなく、むしろ中学受験で人生は決まらないとも教えてくれます。人生には受験よりも大変なことがこの先にたくさんあるし、そっちのほうが難しいといいます。けれども、あんなに苛酷な生活を頑張れたこと、夢中でやり遂げた何かがあったことは、大人になる過程でも、なったあとでも財産になると言います。

 

これは別に勉強だけでなく、スポーツでも同じですが、めちゃくちゃ頑張れたという自信と家族の支えを実感できた経験というのは、人生の中でかなり大きなポイントになると思います。だからこそ、はじめは「親の誘導で受験させられていた十和」も、さいごは「自分の心を取り戻すために受験した十和」というふうに生まれ変わっていました。何より自分の気持ちをきちんと言葉にできるようになったのは、人生最大の収穫ですね。十和は本当に変わったなぁというラストになっています。

 

十和が家族から離れたかった理由

が、ここまで読んで少し疑問が残る方も多いかと。そもそもなぜに十和は家族を毛嫌いしているのか、どうして父親から離れたがるのか、と。これはネタバレになるので内緒ですが、読んでいるうちにすぐにわかります。あー多分こうなんだろうなぁ、と。ヒントは十和が連絡を取り合っている男性が誰なのか?ということ。ここにピンとくれば、長谷川家の全体が見えてくると思うので、よーく考えながら読んでみてください。

 

さいごに総評をします。

評価4.8/5

今年読んだ本の中でも村田沙耶香さんの『世界99』に並ぶお気に入り!十和が素直になっていくたびにウルっときてしまった。父親の「十和、僕を父親にさせてくれてありがとう」という言葉にも感動した。子供がいろいろな大人と関わっていく大切さを改めて実感。半年であそこまでの力をつける十和が超人すぎた。これから本書を読む方は、十和の進路がどうなるのか?大阪と東京どちらに住むのか?問題の答えには何と答えたのかを楽しみにしていてください。

 

以上、『問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』のレビューでした!

 

家族の幸せとは、思いやりの心と感謝の気持ちを忘れない「努力」によってつくられるbyチェルミー

 

 

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