<あらすじ>

正義は一つじゃないかもしれないけど、真実は一つしかないはずです

放火殺人で死刑を宣告された田中幸乃。彼女が抱え続けた、あまりにも哀しい真実――極限の孤独を描き抜いた慟哭の長篇ミステリー。

田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪により、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景に何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人など彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がるマスコミ報道の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼なじみの弁護士は再審を求めて奔走するが、彼女は……筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長篇ミステリー。

 

 

死にたいけれど、自殺は怖くてできない。だったらいっそのこと死刑になりたい。

 

そう考えたことのある人は、おそらくこの本の主人公・幸乃だけではないはず。

 

なぜなら実際に刑務所に入りたくて、死刑になりたくて罪を犯す人は存在するからです。

 

では、刑務所に入りたくて、死刑にもなりたいけれど、自分の手で罪を犯せない人はどうすればいいのでしょう。

 

どうすればいいのでしょう?といっても、罪を犯せないこと自体とてもまっとうなことで、正しいことです。自分勝手な理由で他人を傷つけてはいけません。

 

でも、自殺もできない、罪も犯せない、けれども死への欲求だけはある、そういう人はどうすれば生きていけるのでしょう。誰かの罪を被ればいい?

 

追い詰められている人には「助け」という行為がありません。正確には助けてくれる人が見当たりません。何か事が起きたときには「どうして話してくれなかったの」という人はいても、その人の優しさ自体が事が起きてからしか見えないので、どうしようもありません。

 

死にたい人の多くが「自分は世の中に不必要な存在だ」と思っているそうです。人は存在意義がないと無価値であるという考えは、自殺願望の有無関係なく誰にでもあるのではないでしょうか。

 

だからといって、自分の人生は自分のためだけに生きてください、人のためじゃないです、自分のために生きてください!なんて世の中には待っていてもなりません。

 

つまり、「死にたい」欲求に対して、「それはいけないよ」と納得できる言葉がない。特に幸乃みたいな人にとっては・・・。

 

本書はそんなことを考えさせられる一冊になっています。

 

私は本書を読んでいて、ずっと幸乃がこのまま死刑になればいいのか、そうでなければいいのかがわかりませんでした。幸乃には興奮すると気を失う持病がありましたが、彼女は決まって倒れるときにだけ見たこともない穏やかな表情を見せます。まるで眠っている間だけが幸せだというように。

 

生きることが不幸な者にとっては、死ぬことが幸福なのか。

 

それがわからなかった私は、もし、ラストで幸乃の罪がイノセントであればそれが幸福で、そうでなければそっちが幸福になるのかもしれない・・と思いながら読みました。

 

結果を見て、幸乃にとってはどちらが幸せだったのかを悟りました。

 

あくまで幸乃にとってです。この考えは一般論ではありません。

 

死ぬよりも幸せになろうとする過程のほうが怖い人もいれば、やはり直前になって生きたいと思う人もいる。それだけです。

 

本書のタイトルである「イノセント・デイズ」のイノセントには無邪気な、純粋な、お人好しなという意味の他に無実の、潔白なという意味もあります。

 

幸乃は幼い頃から周りの言葉に敏感で、素直に聞きすぎたのかもしれません。決して幸乃が悪いわけではなく、人の気持ちをよく理解しようとする子だったということです。

 

そのせいで、とても苦労することが多かったのでしょう。生きていくことを諦めて、自分を人生の主人公から降ろして長い間を過ごしてきました。

 

無価値な人間は価値のある人間のために尽くさなけれなならない。無価値な人間は誰かに必要とされるのか確認しながら生きないと存在していられない。自分の人生なのに他人にすべてを捧げてしまっている。

 

幼い頃はその焦りを友人への献身を通して安心・確認できるかもしれませんが、これを恋愛で埋めようとすると上手くいかない場合が多いです。フラれた時、裏切られた時、自分が根元から崩壊してしまう危険性があります。

 

残念なことに、幸乃はそのパターンに陥ってしまった一人です。それだけ恋愛は人間関係の集大成であり、健全に生きて来られた人でない限りは、かえって傷を抉ってしまうことになりかねません。だからといって孤独で生きることも怖いという意識も強いので、恋愛なしではいられないのでしょう。とても難しいことです。

 

では、どうすればいいのかともう一度考えると、世の中が、社会が、ひとりひとりを必要とする姿勢を見せないといけないのだと思いました。

 

そこに「~だから必要」と理由をつけるのではなく、それが当たり前のように、無条件に認識できる空気が大切。「生まれて来て申し訳ありません」と、ひとりにでも思わせる社会にしてはいけないという意識が重要であると思いました。

 

 

最後に女性刑務官が幸乃へ向けた言葉を紹介します。

 

 

棺の中の幸乃の表情には一点の曇りもなかった。生きたいというかすかな衝動を、死にたいという強い願いで封じ込めた。少女のように微笑む彼女に、私はどんな言葉をかけたらいいのだろう。「おつかれさま」か、「さようなら」か。きっと「おめでとう」なのだと知りながら、私はその言葉をかみ殺した。

 

 

正直、私には答えがありませんでした。もっと幸乃の心理描写が欲しかったというレビューもありますが、個人的に幸乃にはもう過去をふり返る力もなく、ただ死ぬことを生きがいにしていたのだと思います。ずっと、ずっと前から、そんな日々を送っていたのではないでしょうか。

 

これほど死を願う人には、「嘆く」や「悲観」するといった生への執着も残っていないからこそ、誰も幸乃のことを脱力した人や暗い人程度にしか理解できなかったのだと思います。

 

あ、ただ全体を通しては確かに荒削り感は否めませんでしたがね。でも最新作の「八月の母」ではめっちゃグレードアップされているので、生意気ながら作家さんの成長がすごくよくわかります。

 

 

早見和真さんは「本当に同じ作家さんが書いているの?」というくらい色んな作品を書かれるカメレオン作家なので、今後も楽しみにしています。結構「攻めた」結末や構成も個性的でGOOD。守りに入らないところがオススメです。

 

みなさんは、この本を読んで何を感じましたか?どう思いましたか?

 

以上、「イノセント・デイズ」のレビューでした。