皆さんにとって、小説史上最悪の殺人鬼とは、どの本の誰ですか?有名どころで言えば、『殺戮にいたる病』の蒲生稔と『死刑にいたる病』の榛村大和でしょうか?それとも『ケモノの城』の「殺人犯」や『黒い家』の菰田幸子?もしくは『ユリゴコロ』の「私」なんかもランクインしていそうですね。
確かに上記の殺人鬼もヤバイですが、私が選ぶダントツで狂っているサイコ・キラーは、新堂冬樹さんの『少年は死になさい…美しく』に登場する中島恭介です。
えっと、何がどう狂っているのかを一瞬で理解していただくために、まずは簡単なあらすじをご覧ください。(しかし、最強にグロテスクなので先に進むかどうかは自己責任でお願いします)
妊娠中の妻と2歳の娘を少年たちに凌辱の末惨殺された恭介は、犯人の少年たちを切り刻み、それを撮影したDVDを犯人宅に送りつけた。しかしそれは復讐ではなかった。妻子の殺され方が美しくないことへの憤りだった。恭介にとって人間の死体は至福の「芸術品」であるべきなのだ。23年前、キスした姿の少年と少女の生首写真が被害者宅に届けられる事件があった。ご丁寧にもその写真には「ファースト・キス」というタイトルまで付けられていた。事件は迷宮入りし、警視庁の名倉警部は今でもその屈辱を胸に抱いているが、その犯人こそ当時中学生の恭介であった……。(あらすじより)
いかがでしょうか?ポイントは「妊娠中の妻と2歳の娘を惨殺された被害者であるはずの男が、犯人の少年たちの殺し方に芸術性がないとブチ切れて復讐するというところです。すみません、混乱するし、意味不明ですよね。妻子への愛情どころか悲しみもないのですよ。それどころか、この男、中島恭介は、美しいものしか愛せない自分に、芸術性のかけらもないDVDを送りつけてきた程度で脅かしたつもりになっている少年たちに「本物の力」を見せつけようとするのです。
恭介vs.篠原
さらに注目したいのは、イカれているのが恭介だけではないという点。特に妻子を殺した少年たちの主犯格・篠原は、恭介に殺されそうになってもビクともせず、最期の瞬間まで暴言を吐いています。二人ともタイプは違えど、命を何とも思っていないところはそっくり。他の小説と違うのは、二人が他人の命だけでなく、自分の命も粗末にしているところです。まさに最悪の殺人鬼vs.最強の殺人鬼。どうかこの本から出てきてくれるなというレベルの仕上がりになっています。
補足
篠原には子分(カズ・トシ・真島)がいて、恭介には中森という手下がいる。中森の妹は少年たちから酷い目に遭い、自殺してしまった。彼はその復讐のため恭介の手下になるが、自分の中にも殺人鬼としての異常性があることに気づいてしまう。もうメチャクチャ!
芸術性を求めて
恭介は殺人自体に興味はありません。彼が求めているのは芸術性です。過去の代表作「ファースト・キス」を超える作品をつくるための「素材(死体)」を探していたところ、ちょうどいいタイミングで見つかったのが愚かな少年たちだったのです。
以下、恭介によるとんでもない作品集
「ファースト・キス」・・両想いの子供の純愛をテーマに、小学生の男女の首をのこぎりで切り落とし、キスをさせた状態にして石膏で固めたもの。ちなみに殺された男の子は、恭介が可愛がっていた子だった。どうやら大切な友人のために永遠の愛をプレゼントしたつもりでいるらしい。
「花園と赤の噴水」・・カズの全身に茎の先端に十センチほどの釘が取り付けられている造花を刺して失血死させたもの。これはあくまでも「本番」までの練習台でしかなかった。
「真冬とイチゴシロップのかき氷」・・トシの好きな季節からモチーフを得たもの。中森につくらせた巨大なかき氷の真上にトシを置いて、電動ドリルで静脈や動脈を切り、流れてきた血でイチゴシロップのかき氷を表現した。さらにその様子を動画に撮り、トシの恋人にプレゼントした。(動画の冒頭には、トシから恋人への最期のメッセージ、愛の告白が収録されている)
「鬼畜と聖母」・・篠原を「鬼畜」、恭介を追う刑事の妻を「聖母」に見立てた、彼の最高傑作。聖母の下腹部から臓器や骨を取り出したあと、その空洞に頭と肩が削られた鬼畜を突っ込んだ。これは罪深き篠原を刑事の妻が赦したというテーマらしい。これを「罪人よ、聖なる母のもとへ帰りなさい。罪人よ、あなたは悪を演じていたに過ぎません。(続く)」という台詞に載せて、刑事にプレゼントした。
※真島だけは素材として不合格だったので、中森のおもちゃになった
恭介という人間
恭介はこれらの作品をつくる際に麻酔を使用しません。理由はいたってシンプルで「医師ではないから入手できない」というもの。だったら、せめて殺してから創作に入ればいいのでは?と思うところですが、それでは素材の鮮度が落ちてしまうので生きたまま作業に入ります。もはやこの男は人間じゃない。そう皆さんも思いますよね?しかし、中島恭介のヤバさはここでは語りつくせないほどあります。一番危ないのは彼の口から出てくる「鬼畜ワード集」なのですが、これをブログに引用したら何かしらの規定に引っかかりそうなレベルにヤバイので、そこは直接読んでとしか言えません。
また、彼の創作はすべて善意で行われています。彼はいつも「誰か」のために創作しており、必ずその完成品を相手に届け、喜んでくれる姿を期待しています。残念ながら二十三年前から中島の事件を追っていた刑事は、なぜか彼から「自分の作品の熱心なファン」と思い込まれ、妻を素材に使われてしまいます。
この男の異常な芸術性の出どころは不明ですが、おそらく彼は母親から美を求められていたのではと推測します。どうも彼は美に対しとてつもなく厳しく、醜いものに対し怖れを抱いているように見えたので・・。自分の中で何か許せない基準?洗脳?のようなものがあるように思えました。
感想
個人的には恭介が潔癖症なところのみ共感できた。クラシック音楽や芸術作品が好きなところも、まぁ同じ。けれども、だからといって、私はそれら歴史的なアーティストと張り合おうと思えないし、人間を素材とも思えない。見た目が美しくないものに対し、あそこまでの嫌悪感や攻撃性もない。また、彼は理屈で悪事を正当化しているように思えたが、本当は誰かにそれを見つけてほしいと願っているようにも思え、なかなか深い闇を抱えていると見た。しかし全体的には重度なナルシストが注目を浴びたくて必死になっていた物語だった。【完】
本書をはじめて読む方は、黒新堂の世界に驚いて「なんじゃこりゃ」と思うかもしれません。特にNGワード連発の文章には「こんなのは小説じゃない!」と憤慨されるかもしれません。
しかし、これは「直木賞を取らなかった男」の小説なので。あえてこういう作風になっているということだけはお伝えしておきます。詳しくは下の記事を参考にしていただければ。
さて、さいごに総評を。
評価:不可能
小説史上初の不可能でございます。まず人に薦められない(笑)グロ耐性がないと嫌悪感しか残らないと思う。一方、生き残った読者はラストシーンで疑問点が残ると思う。結局、中島恭介の核なる部分は明かされぬまま終わってしまうが、そこにとてつもなく重要なことが描かれているような気がした。
以上、レビューでした。
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