浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』と『俺ではない炎上』が面白かったので、『家族解散まで千キロメートル』も読んでみました。
実家に暮らす29歳の喜佐周(きさ・めぐる)。古びた実家を取り壊して、両親は住みやすいマンションへ転居、姉は結婚し、周は独立することに。引っ越し3日前、いつも通りいない父を除いた家族全員で片づけをしていたところ、不審な箱が見つかる。中にはニュースで流れた【青森の神社から盗まれたご神体】にそっくりのものが。「いっつも親父のせいでこういう馬鹿なことが起こるんだ!」理由は不明だが、父が神社から持ってきてしまったらしい。返却して許しを請うため、ご神体を車に乗せて青森へ出発する一同。しかし道中、周はいくつかの違和感に気づく。なぜ父はご神体など持ち帰ったのか。そもそも父は本当に犯人なのか――?
評価3.5/5
情報量が多くて、途中迷子になってしまったのでちょい低めの星3.5。ラストは良かったけれど、そこまでがごちゃごちゃの二転三転。ふー疲れた。なので、ここでは初めて読む人用にガイドしたいと思います。
家族解散の理由(超重要)
働かない・めったに家にいない・浮気性という最低な父親のせいで心がバラバラになった喜佐家。長男の惣太郎は大学進学を機に独立、現在は妻と新築の家で二人暮らしをしています。長女のあすなは「結婚するまで家族と同居する」ルールを破り、外泊ばかりしていますが、この度同じ職場の高比良賢人と結婚することになり、念願の実家脱出目前にいます。さらに末っ子の周もめでたく結婚が決まり、実家を出ることに。家には母親の薫しか残らない状態になったので、一層のこと「家族解散してみようか?」ということになります。(母親は抵抗したが根負けした)
その結果、あらすじの通り、引っ越しの準備中に自宅倉庫からニュースで話題になっている「青森の神社から盗まれたご神体」が発見されます。パニックになった一家は、犯罪者になりたくない一心で、宮司の「日付を跨ぐまでにご神体を返すなら、被害届は取り下げる」というお言葉に甘え、大急ぎで山梨から青森まで車で向かいますが・・。ここからはちょっと読者も話自体がどこへ向かっているのかわからなくなっていきます(笑)
誰が倉庫にご神体を置いたのか?
物語の要はココ、誰がご神体を盗んで来たのか?です。それはもう家族満場一致でお父さんということになるのですが、肝心の父親は本日も不在。しかし本人に訊かなくても普段の行いと前科から間違いないだろうと判断されます。
父親の前科とは昔、おもちゃ屋さんの入り口にあった置物をパクってきたこと。しかもそのお店の人と不倫していたこともあって、家族の中ではもはや意味不明な悪い事=父親のせいという式が出来上がっています。
ただ、そこで問題が一つ。なんと父親は前回やらかした際に家族から倉庫を使えなくされており、南京錠の暗号を知りません。ということは、父親犯人説はありえない?しかも暗号を知っているのは家族だけ。ということは、父以外の家族があやしいとなります。さて、あなたはこの難問を解けますか?
ヒントから考察しよう
ここではネタバレせずにヒントだけ書いていきます。ぜひこのヒントを参考に推理してみてください。ちなみに本書は伏線だらけです。
・喜左家はボロ家を増築した複雑な構造をしています。欄間には謎のスペースがあったり、誰も使用していない部屋や昔使っていた和式トイレなどがそのまま残っている状態です
・喜左家は貧乏なはずなのに、父親は365日旅行に行っています
・父親は大事な時に限って不在ですが、ここぞというタイミングでいきなり登場するミラクルを連発します
この三つはとても大事なヒントです。すべて父親に関することですが、ここから彼の居場所にたどりついてください。
・神社へは周、惣太郎、薫、賢人の四人で向かいますが、途中で何者かにタイヤをパンクさせられてしまいます(これが可能な人が誰かを考えて!その人が犯人の使いです)
・ご神体は移送中にあっけなく壊れます。しかも宮司はそれをあまり気にしないどころか、孫の手のように扱っています(これはなぜ?)
・登場人物たちの職業にも注目を(惣太郎→経営者、あすな・賢人→舞台美術アーティスト、周→公務員)
ん~、これ以上はもう言えないので、あとはまとめと感想に入ります。
まとめ・感想~家族とは何か~
ラストはまったく予想外の展開になっています。
そもそも家族ってなんぞや?という話に。お父さんとお母さんってそもそもお互いのことがちゃんと好きなの?好きで結婚したの?世の中の常識に則って結婚しただけでは?そうでなければ、なぜこんな状態のままずっと家族を維持しているの?
裏切ったって何?家族ってどこからどこまで?お父さんがお母さんとだけ性的に強く結ばれている状態が、家族を裏切っていない状態、家族を大事にしている状況だって、判断すべきなの?私たち子供は、『お父さん。今日もお母さん相手にだけ発情してくれてありがとう』って感謝すべきなの?P277~278
喜佐家のお父さんは働かなくて浮気性という以外は基本的にいい人でした。けれども、例の事件があってからは家族からの信用を失い、その後なにかある度に「悪いことはお父さんのせい」と罪をなすりつけられ、家庭に居場所がなくってしまいます。
そんなに父親が嫌なら家族解散してしまえばいいのに、今まで彼らがそうしなかったのは、この一家が「悪いのはお父さんのせい」で乗り越えて来たからです。惣太郎の失敗も、あすなのワガママも、母親の悩みも、何でも「お父さんのせい」にしてしまえば楽だっただけ。そう、この家族を苦しめているのは「お父さん」ではなく、とっくに崩壊した家族を「問題ない、大丈夫」と言って、必死に団結しようとしていた虚像にあったのです。世間的に家族を解散させることなどできないという「常識」が、見せかけだけの家庭を守ることを優先させて、個々の気持ちをないがしろにさせてしまっていたようです。
裏切った父を恨み続け、苦労を背負いこむ母に縛られ、家から出たい子供たちに罪悪感を抱かせるようなものが「家族」なら、もうそれに囚われてはいけませんよね。
「家族」をつくるのは「常識」ですが、それがどうしても合わない人、無理な人もいます。それなのに世間が怖くて、中身はめちゃくちゃなのに必死に家族を続けることがどんなに辛いことか。まさにそれが喜佐家の正体でした。あぁそれなら解散してもいいのか、家族って。無理に結婚とか家庭づくりを目指さなくてもいいんだ。
女性の唇にキスをするのは、生け簀から揚げられたばかりの生魚に口づけをするのと同じような感覚になる。我慢すればできるが、可能ならしたくない。した瞬間に生臭い幻臭が漂い、唇の上に相手の唾液がうっすらと載った感触がたまらなく嫌になり、すぐにでもティッシュやハンカチで拭きたくなってしまう。P280
↑ネタバレ防止のため誰とは言いませんが、こんな状態で夫婦になったり、子供を持ったり、家庭を築くのは厳しいですよね。
実は私もこの文章にめちゃくちゃ共感できます。というか、言語化してくれて感謝する勢いです。でも、世の中にこういう人って多分それなりにいるんですよね?それでも普通を装って「常識」に則って「家族」をやっているのだと思っています。正直どこまで我慢できるかの勝負みたいなものですよね?逆に生まれつき極度の恋愛体質な人は不倫ハンターになって「常識外」になっていくのでしょうね。
もし、この本を読む前に無理して家族をつくろうとしている方がいたら、ぜひ本書と一緒に考えてみてほしいです。一度そのレールに乗ったら、もう降りられませんよ。降りたらこの家族みたいにみんなが苦しんでしまうことになるかも。というか、そうしている間に世の「常識」とやらがとっくに変わってしまうかもしれませんが。
長くなりましたが、以上で解散とします。
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