今回ご紹介するのは、台湾を舞台に現在と過去が交錯していく物語になります。

 

 

 
<あらすじ>
25歳のサチコは、不条理な派遣労働から逃れるように亜熱帯の台湾に渡り、偶然再会した在日コリアンのジュリと、台北の迪化街で暮らしていた。誕生日の晩、サチコが古物商の革のトランクのなかに日本統治時代の台湾を生きた女学生の日記をみつけたことから、ふたりの生活は一変する。普段は引きこもっていたジュリだったが、その日記を書いた女学生の行方調査に夢中になり、やがて大きな謎につきあたった。それは、70年以上前、深山に囲まれた日月潭という湖で起こった、ある少女の失踪事件だった。遠い昔に姿を消した少女を探す旅は、いつしかふたりのアイデンティティを求める旅につながってゆく――。

 

 

 

 日本統治時代の台湾

 

台湾で日本語教師をしているサチコは、ある日お気に入りの古物商で古いトランクを見つけます。悩んだ末、購入には至らなかったものの、後日ルームシェアをしているジュリがトランクを買ってきてくれ、大喜び。しかし、そのトランクの中には日本統治時代の台湾に住んでいた日本人女学生・桐島秋子の日記が入っており、ジュリはその解読に夢中になっています。

 

日記の内容にまるで興味がないサチコは、何がジュリの心を動かしているのかさっぱりわかりません。ジュリによると、秋子は役人の父親と幼い弟、そしてお手伝いさんの「妙さん」と「メイファさん」と暮らしており、どうやら母親は亡くなっているそうです。女学校では「りっちゃん」という日本人と「白川さん」という朝鮮から転校してきた友人と親しくしているものの、白川さんは同級生から嫌われているようで、最終的には秋子しか友人がいない状況になっていました。

 

日記は途中で止まっており、その途切れ方はどこか不自然です。気になったジュリが調べたところによると、ちょうどその頃、日月潭で秋子とみられる少女が失踪していたことがわかります。当時、近所の賢三と日月潭へ出かけた秋子は、ボートに乗っていた際に湖へ落ちてしまい、そのまま行方不明になっていました。また、秋子が失踪する少し前にはメイファさんも失踪しており、彼女は後日遺体となって発見されていました。しかし、一人の台湾人女性の死亡は真珠湾攻撃のニュースにかき消され、歴史の中で何事もなかったかのようにされていたのです。

 

 

 

 消えた少女

 

在日コリアンのジュリは、消えた秋子の行方と、彼女の友人でいじめに遭っていた白川さん、そして謎の死を遂げたメイファさんに強いシンパシーを感じます。大好きなサチコにそっくりな秋子と、そんな秋子に自分のことを理解してほしくてたまらないのに、「絶対にわかりっこない」という恐怖感から伝える事を諦めている白川さんの痛み。優秀だったのに学校を辞めさせられ、同じ年頃の日本人のお世話をさせられているメイファさんの気持ち。

 

ジュリにとって白川さんは自分自身であり、彼女たちの生きる結末がどんなものであったのかを知ることは、とても重要なことでした。なぜなら、生い立ちに苦しむ自分が今をどう生きていけばいいのか、そのヒントになると思ったからです。白川さんと秋子の結びつきは、自身とサチコのそれと重なるような気がしてなりません。だからこそ、ジュリは秋子の行方を追うことにしました。しかし、そんなジュリの一大決心を鈍感なサチコは察することもなく、他人事のように話を聞き続けます。サチコにとって桐島秋子の日記は、単なる昔の女学生の日記に過ぎず、そこにある台湾人や朝鮮人の苦しみに心を寄せる発想はなかったのです。

 

 

 

 サチコとジュリ

 

しかし、サチコは台湾人の同僚や友人、その家族たちを通して、日本人の無頓着さを痛感することになります。今では親日家に見える台湾の人の中にも、当時の日本に対して複雑な感情を抱いている人がいること、傷ついた人たちがいること・・そんなことにも気づかずに、親切にしてもらっていた自分が恥ずかしくなります。

 

一方、サチコの無知さに傷ついているにジュリは、彼女のことを拒絶しますが、誰よりも愛しているという矛盾に苦しんでいます。ジュリにとってサチコは命の恩人であり、もはや単なる友人ではありません。この世でたった一人の嫌われたくない、すべてを受け止めてほしい女性なのです。そのため、サチコから拒絶されたくないジュリは、あえて先に嫌われるようなことをして心のバランスを保っているようなところがあります。

 

実をいうと、サチコにもまた人には言えない秘密があります。それは彼女の人生の大半を苦しめ、台湾まで逃げてきた理由にもなっています。サチコとジュリは、互いに伝えたいことがありながらそれができずにいる似た者同士。そういった点も物語の大きな核になっています。

 

 

 

 まとめ

 

結末はかなり意外でした。あれ?途中で物語変わった?というくらい、スパイ映画さながらのハードモードに突入します。このあと二人は賢三に会いに行ったり、サチコの義兄に会いに行ったりします。しかし、誰からも「真実」を得ることはできません。

 

以下ネタバレ注意

 

えーっと、「犯人」は秋子の日記を読めば、薄々わかっちゃうんですが、少しネタバレを含む感想を。秋子の父は途中で現地の人と再婚します。再婚相手には、一人息子がおり、秋子には「兄」ができるのですが、この義兄が来てからメイファさんがいなくなったり、秋子の日記に暗号めいたものが書かれだしたりします。

 

どう考えてもこの義兄がアヤシイだろ~!!と、思うのですが、だとしてもなぜ失踪当日に秋子と賢三が一緒にボートにいたのかはわかりません。これではまるで賢三がサチコを殺したみたいですが、そうなるには動機が見つからない。

 

ただ、日記の暗号から秋子は賢三にSOSを出してるのは間違いありません。なので、やはり義兄が絡んでいるのは確実っぽいのです。

 

さらに秋子は失踪の直前に白川さんからお手紙を貰っています。そこには白川さんの「告白」が書かれていました。そうです。白川さんは秋子に自分のすべてを打ち明け、理解してもらおうとしたのです。どんな差別や偏見を受けても、直視できないくらい身も心もズタズタにされても、最後は秋子を信じようと思ったのです。彼女は手紙の最後にこっそり、自分の本名を綴っていました。当時、禁止されていた本当の名前です。ジュリがこの手紙を見つけた時には、この部分だけきれいに切り取られていました。

 

 

あなたはきっといつものように無邪気に、白川さんの朝鮮のお名前はなんとお読みするのかしら、とお聞きになるでしょう。ともすればできごとを深刻に考えがちな私は、その無邪気さに何度も救われました。けれど、それと同時に、あなたがなにも知らないということに、心が破れそうになったのもほんとうのことです。私の言葉や名前がどうやって奪われていったのか知らない人に、私はどうすればこの気持ちを伝えることができるのでしょうか。どこまでいっても私の苦しみは、私だけのもので、あなたたちには届かないのです。(P295₋296)

 

これだけのおもいを告白してくれた白川さんが秋子の(当時の)現状を知らないはずがない。きっとあの日、白川さんも何かを知っていたのではないか、これだけの告白を受けた秋子が自身の悩みを彼女に伝えないはずがないと推測できます。詳しくは言えませんが、結局、白川さんと秋子は身分は違えど同じ「痛み」を負うことになります。そのとき白川さんが放った「女の言葉はいまは誰もきかないの」という言葉には辛いものがありました。残念ながら言えるのはここまでですが、義兄が秋子を傷つけるとしたら理由は何か?ということを考えると、事件の真相がわかるのではないかと思います。義兄の立場から見て桐島家の人間はどう映っていたのか・・・。もうここまでくるとわかりますよね。ピンと来ないぞ?という方ほど、ぜひ本書を手に取ってほしいです。

 

 

著者がヤフーニュースのインタビューで語っているとおり、本書最大のテーマは「語れない」です。

 

 

 やはり「語れない」ということはすごく大きなテーマになっています。先生に見せる日記では語れない、ということだけでなく、現代にも通じることですが、家父長制の抑圧で女性が語れない、という問題ですね。語られていないことに近づいていく、ということもテーマのひとつとしてありました。

 

 

語らない、語られなかったことは、「なかった」ことではありません。私の親戚にも台湾の人がいて、とても日本に好意的でいてくれますが、その一方で日本人の歴史に対しての無頓着さ、興味の無さには呆れているのではないかな、と思うときがあります。

 

台湾が親日でいてくれる背景には、もっと複雑な理由があるだろうし、必ずしも「好き」という感情だけではないと思っています。だからこそ、私たちは今、台湾から受けている愛に心から感謝しなければならないと思いました。

 

最後に、「支配」や「差別」という闇の中でも、女性同士の繋がりには、救われる部分があります。

 

この手の本はオススメしても、あまりウケないのがかなしいのですが、以下に似たような本レビューもまとめて紹介しておいたので、よろしければチェックしてみてください。

 

 

以上、『日月潭の朱い花』のレビューでした!

 

 

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