全七編+ショートからなる令和のミステリーを集めた短編集。イジメ問題、キラキラネーム、毒親、引きこもり、ゲーム廃人、認知症、格差、ヤングケアラー、同性婚、不法移民、煙草etc.これでもか!というほど令和をつめこんだテーマがてんこもり。今回はその中から、私が面白いと思った三編をご紹介します。

 

 

 

 

 

彼の名は

 

船橋太郎は母親の和世と二人暮らし。小さな頃から母親のことは「お母さん」ではなく、「和世さん」と呼ぶように教育されています。和世さんは、世の中の大多数が無自覚に受け容れてしまっている仕様に疑問を抱き、新しい価値観を見出している私って進歩的でカッコイイと、思っているタイプの人間で、太郎はその犠牲者です。

 

まず「太郎」という名前。男の子で太郎は古風ではありますが、それは漢字で見た時だけ。もしこれが太郎ではなく、〇〇〇という読み方だとしたら?それもふざけているとしか言えない、イジメ確実コースの名前だとしたら?残念ながら太郎の名前はそういう読み方なのです。そんな名前に加え、太郎はランドセルの使用を禁止されたり、中世ヨーロッパの王族や貴族のような服ばかりを着せられていたので、小学生時代はずっと女男(おそらく変人とも)と言われ、からかわれてきました。ちなみに母親は教師に意味不明の要求ばかりしてくるモンぺとしてブラックリスト入り

 

その後、太郎は平穏を求めて入学資格に性別条項のない中高一貫校に入りますが、いじめはさらにエスカレート。ついにはSNSに恥ずかしい姿をアップされていまいます。太郎は動画を削除してもらうため、いじめっ子の一人に頼みに行きますが、交渉が上手くいかず、事故で彼を殺してしまい―

 

ここから太郎は失態を犯し、とんでもない展開になっていきます。せめて和世が太郎に人並みの人生を与えてくれていたら、こんなことにはならなかったのに・・。最後に太郎の名前の読み方が明らかになったとき、読者は衝撃を受けます。こんなの嫌だ、と。

 

 

 

有情無常

 

岩切亮志は妻を亡くしてから、一人寂しく暮らしています。しかし、近所の小学生たちの登下校の見守り隊をやるようになってからは、再び元気を取り戻していました。

 

ある日、岩切は顔見知りの少年が道路横の水路で泥だらけになって泣いているところに出くわします。声をかけると、大事なものを水路に落としてしまったというので、岩切は見つけてあげたあと、少年を家まで送ってあげました。しかし、家は留守になっており、鍵がかかっていたため、少年の母親が帰ってくるまで岩切の家で待つことにしました。

 

しばらくすると、少年の母親が迎えに来て、岩切がこれまでの経緯を説明すると、涙ながらに感謝して帰っていきました。しかし、翌日になると、岩切は「少年の服を脱がせ、お風呂に入れて体を触った性犯罪者」として少年の両親から訴えらてしまいます。ただ泣いていた少年を助け、親切に泥だらけの服を孫のお古に着替えさせ、シャワーを貸しただけなのに・・・。

 

この話はどうみても理不尽というか気の毒でしかないのですが、令和ならありえる展開なんですよね。結局、岩切は「黒」にされてしまい、やってもいないのに示談で決着をつけます。こんなことなら少年を助けなければよかったのか。次同じような状況になったらスルーしたほうがいいのか。

 

トラウマになった岩切は、またもや公園に幼女がひとりでいるのを見かけますが、心を鬼にして見て見ぬふりをします。しかし、今度はこれがよりショッキングな事態を引き起こしてしまい・・・。本当に嫌な時代になったな、という一言しかありませんでした。

 

 

 

わたしが告発する!

 

乙坂雄大は、姉の史奈がひきこもりになってから恋愛が上手くいきません。どの彼女からもひきこもりの姉がいることを知られるとドン引きされ、別れを切り出されてしまいます。そんな姉を憎むようになった雄大は、実家を出て、現在は一人暮らし。現在の彼女は理解があり、「お姉さんにはご両親が亡くなる前に手を打ってもらわないとね」と、協力的です。

 

しかし、そんな矢先に両親は仲良く事故で逝ってしまいます。そこで雄大は史奈に家を譲ることを条件に、自分が遺産を多めに相続することを提案しますが、「そんなんじゃ生きていけない」と却下され、そこから大揉めになります。興奮した史奈は途中で過呼吸を起こしますが、激怒した雄大は「このまま死ねばいい」と、助けるふりをして頭から袋をかけて殺してしまい・・・。

 

警察に自首する前に、彼女に相談した雄大は、「どうせお姉さんはひきこもりなんだし、死んだって誰にも気づかれないのだから、始末すればいい」と持ち掛けられます。彼女に言われるがまま「隠蔽」することにした雄大ですが、事が済んだ数日後、史奈と連絡が取れないという男性がやって来て・・・。

 

”ひきこもり=友人や恋人がいない”とは限りません。今ならネット環境さえあれば誰とでも繋がれます。むしろ交友関係こそが他者にとって一番不透明なもの。雄大と彼女の計画はピンチを迎え、さらに史奈が家を守っていた衝撃の事実が明らかになります。

 

 

 

まとめ

 

どの話もTHE令和!という感じで、とても面白く読めました。

 

「死にゆく母にできること」という章では、毒母の言いなりになってきた初生が自分の息子にも教育虐待を繰り返してしまうのですが、ここで登場する夫の存在が「令和だなぁ」と思わせてくれます。

 

初生は母親が癌で入院をしてから、その世話に追われてすっかり疲弊しています。帰宅する頃にはストレスも合わさりイライラして、つい勉強ができない息子を𠮟りつけ、その度に夫からなだめられています。

 

夫は「家のことは手を抜いていいから。初生はもう少し適当にしたっていいんだよ。お見舞いも無理のない範囲でいいと思う。そうでないと自分が壊れてしまうよ」と声をかけてくれます。また、お義母さんに会いに行くようになってから、息子への当たりが強くなっているので、これ以上の無理はよくないと言われます。

 

これがもし昭和だったら、夫は「家のこともちゃんとしろよ!」「おれのお袋はちゃんとしてたぞ」で終わっていたし、息子の異変なんぞにスーパーサラリーマンの夫が忙しくて気づくわけがない。もっといえば、初生のメンタルがおかしくなっていることも、ただのヒステリーとして扱われていたかも。時代は変わったなぁ、と思いました。

 

最終的に夫は初生に病院への受診をすすめ、「怖がることはないこと、どうすればお義母さんの呪縛から逃れられるか、いいアドバイスがもらえるかもしれない」とまで言ってくれます。しかし、この優しさと理解が逆に初生を覚醒させてしまいます。人は今まで気づかなかったことに、気づいたとき、自分が何らかしらの被害者だと実感したとき、そこにおそろしいものが待っているのだな、と思いました。

 

他にも不法移民の話や、息子がネットで交流していたのが父親だった話など、令和っぽい作品が盛りだくさん。確かに今の大学生くらいの子の親世代って、もうデジタル世代ですよね。某掲示板とかでなりすましとかしてた世代ですよね。そう考えるとはやいなー。

 

と、こんな感じで「なるほどね」と思える内容が散りばめられているので、謎解き感覚でお楽しみを。物語自体に既視感はあっても、その中にある令和っぽさがいいスパイスになっています。どこらへんが令和なのかな?というところを探しつつ、必ずラストにやってくる衝撃の展開に注目を。文章も臨場感あふれ、一度開いたら閉じられないほどサクサク読めるので、超オススメです。未読の方は、ぜひご覧あれ。

 

 

以上、『それは令和のことでした、』のレビューでした!